最近、息子のサードライン治療の頃のことを書いていましたが、あの時はセカンドラインでした
なんかもうボケてます、すみません🙇♀️
フォローさせていただいている天使ママさんのブログを拝見。
認知症の義母さんが人の生死に関することを繰り返し話すのを、聞く時の気持ち・・・
読んでいて、胸が苦しくなりました。
涙が出ました。
息子と直接関係のない、義母の知り合いのお宅へ、息子へのお悔やみのお礼に義母に連れて行かれ、義母が「寿命だと思うしかない」と話していたのを聞いて、怒りを感じました。
義母は当時、すでに80代。
自分の寿命をあげたかった、とか、孫が先にお空へ行ってしまうなんて長生きし過ぎた、とか、思わないのかな?と。
でも、寿命だと思って「諦めるしかない」という気持ちなのかも、と、良いように思おうと考えたりもしました。
が、先日あった、還暦で亡くなった義母の甥(夫の従兄)の法事でも、「寿命だったんだね」と、甥の妹さんに・・・
持病で通院していたとはいえ・・・
義母の言い方はいつもあっさりしていて、息子のことでも今回のことでも、私には違和感しかないです。
十分生きたでしょ、と、義母にも夫にも、最後の時には言うつもりです。
(私も自分自身にはそう思っています)
そして、息子にできなかった入院中の付き添いや介護はしないと決めています。
(義母に関しては特に、実家父は私が一緒なら自宅で暮らせるのに、退院後の相談が始まると、どうするの?施設がいいんじゃない!とか言ってたし)
実家の父は、息子のことを思い出しては、悔しいなぁと言います。
父の言葉は、申し訳なさすぎて聞きたくないです。
実家の近くの釣り具屋の前を通ると必ず、息子を連れて行ってくれた時のことや、やっぱりいつも「悔しいなぁ」と話すので、私が運転している時はそのお店の前は通らないようにしてる。
父には、思い出して悲しい思いをしてほしくない。
でも、私の責任だから、父の言葉で私がつらく思ったって自業自得。
ブログを拝見した後に今書いたようなことを思い出し、なぜか息子の最初の病院の駐車場の様子が頭に浮かびました。
なんでだろう?
まだ髪が長い息子と一緒のような、入院中に差し入れに行った時のような?
今年に入ってからGoogleマップの空撮で病院を見た時、駐車場のラインがとてもきれいに映っていて、引き直したのかなと思ったな。
ホームページの建物メインの画像は変わっていなくて、もう使われなくなった息子の病室がある病棟もまだ写っていた。
4年。
なんだったのか。
何のためだったのか。
お墓参りしても、好きなものをお供えしても、何にもならない。
泣きたいのは息子のほうだよね。
ごめんね。