べっちのブログ→ベログ

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変形ギターとネクタイを握り締め生きる意味を考える。


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どうも。

べっちです。

 

今年も行ってきました!

団体スキーレッスン!

 

毎年楽しみで仕方ないこのお仕事。

今回も全開で楽しんできました!

 

実は今回、初の「スキー経験者班」を担当したわけですが、いやいや、本当に上手でびっくり!

 

俺、中学の時あんなに滑れなかったんじゃないかな。

 

個性あふれる中学二年生の生徒たちで本当に楽しかった。

 

初日から、ぶっ飛ばしてリフト乗りまくって、翌日も滑りまくったおかげで、昨日の夜は、寮で何もしてないのにいきなり足がつるほどだったよ。

 

団体レッスンでこんなに滑ったのは初めて。

 

今日は吹雪だったから、そんなに滑れなかったけど天気よかったらヤバかったなぁ。。w

 

てか、あれだけの滑走についてきた皆。

 

本当に凄い。最高!!

 

 

そして、リフトの中でもいろいろと話しをしました。

 

部活の話や、何して遊んでるのかとか、Twitter見るのか、ティック・トック見てるのかとか。

 

 

 

しかし僕が一番気になったのは、やっぱみんな勉強したくないって言っていたこと。

 

 

率直に、じゃ、しなきゃいいじゃん。っていったら、

 

それは駄目。

 

なんで?って聞いたら、

 

 

いい大学入って、いい会社に就職しないといけないから。

 

 

という返事が来た時が、僕は、本当に怖いと思ってしまった。

 

 

 

 

好きなことやって、好きなことを仕事にしたらいいじゃん。

 

ゲームが好きなら、プロゲーマーになればいいし、YouTubeが好きならYouTuberになればいい。

 

因みに、今言った仕事は、俺が学生の時にはなかった職業なんだよ。

 

好きなことを、とことん突き詰めてやったら、なんだってできるよ!

 

って言ったら、

 

先生、YouTuberは理想高すぎ。夢見すぎ。

 

って言われ、

 

 

えー!なんでー!

ギターだって、スキーだって、プロになろうと思ったら同じぐらい大変なんだぞー。

せっかく大変な思いをするなら好きなことやったほうがいいじゃん。

やりたくないこと努力してもつらいだけじゃん!

てか、やりたいことなら努力と思わないぞ!楽しいんだから!

 

って言ったんだけど、10分そこらのリフトの会話ではなかなか伝えることは難しかった。

 

 

今回のレッスンで一番歯がゆかったのがそこだなぁ。

(もはや、スキーじゃないw)

 

 

 

 

ここから先は、

僕が勝手に感じたことなので当てはまらないかもしれないけど、感じたことなので勝手な想像で書きます。

 

 

 

 

プロなんて無理。

物心が付く前からやってないから手遅れ。

才能がある人だけができるもの。

氷山の一角。

お前にはできない。

 

 

なんていうなんの根拠もない無責任な言葉を、何かのプロになったことも無いような大人達に言われ、

(何かのプロになった人は絶対にこんなこと言わない)

 

自分には無理。

できっこない。

 

と思い込み、夢を捨てさせられ、

 

 

挙句の果てには、いい就職先に行けなくなるぞ!

 

と、将来の不安を煽られ、なんの目的も無い「会社員」になるために勉強させる。

 

 

今もまだこんなことしてるのか・・・子供たちが可愛そう過ぎる。

 

と僕は感じてしまい、とても悲しくなった。

 

 

だいだい仕事なんてのは、何をやったって大変なんだよ。

 

どうせ大変なんだから「好きなこと」「興味があること」をやったほうが絶対にいい。

 

その方が、興味が無いことよりも、絶対に良いアイディアが湧く。

 

どうせ苦労するなら好きなこと、興味があること、をやったほうが苦痛の度合いも違う。

 

お金がいいから、お金のために、ってだけで物事を選ぶのはおかしい。

 

てか、この先、安定なんてどこにも無いぞ。

 

今の仕事が10年後無いなんてザラだからな。

 

だったら何する?

それでも、夢もやりたいことも興味も捨てて勉強だけをするのか?

 

 

 

僕は、勉強が駄目とは言わない。

勉強なんかしなくていいとも言わない。

 

言いたいのは、

 

好きなことをやるために勉強してる。

 

となってほしい。

 

 

 

僕みたいな生き方が正しいとは思わない。

 

でも、俺みたいな生き方が、おかしいとか、道が外れいるとも思っていない。

 

勉強は大事。

 

でも「なんで勉強するのか」がもっと大事。

 

 

こういうことを、もっと広く子供たちがわかってもらえるような教育になってほしい。

 

 

 

と、スキーの先生が思いました。

 

 

僕の想像ここまで。

 

 

 

 

 

 

 

だいぶ話はそれたけど、とにかくスキーは最高に楽しかった!

 

滑りも性格も最高なみんな!!

こういう大事なことを気付かせてくれてありがとう。

 

そして君たちはこれからの日本を支える大事な若者だ!

 

最終日、極寒の吹雪の中、リフト8本も滑ったのは、楽しかったからだろ?!

吹雪の中、なんの目的もなしに「針に糸を通せ」って言われたらやりたくないだろ?w

 

そういう気持ちを忘れないで、なんでも良いから好きなことに夢中になってくれ!!

なにか夢中になったけど辛いと思った時、今日の吹雪のスキーを思い出してくれたら嬉しいぜ!

 

最高な三日間だったぜ!!

 

また、たかつえに来てくれよな〜!!!

 

学年で一番スキーが上手な班を持てて僕は最高でした!

 

ありがとう!また会おう!!!

 

 

 

 


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どうも。

べっちです。

 

今日はスキーインストラクターのお話です。

 

今年で7年目になるスキースクールのイントラは、毎年本当に楽しみな仕事の一つで、僕はこの仕事をずっと続けたいと思っている。

 

 

僕が受け持つレッスンは、中学校の学校行事

 

【スキー合宿】のスキーレッスンです。

 

初めてスキーを履く子供達10人前後を教える団体レッスン。

 

毎年いろんなドラマがあってこれが本当に面白いんです。

 

 

男子だけの班だったり、女子だけの班だったり、男女混合の班だったり班の割り振りは様々。

 

中には、ヤンキーがいたり、障害がある子がいたり、本当にいろんな子供達が毎年来ます。

 

 

この子供たちと、べっち先生は、三日間一緒に過ごします。

 

image

 

 

 

誰?

 

 

 

目標は、山頂に行くこと!これです。

 

これに向かって皆で滑ります。

 

 

自己紹介をして、スキーの履き方を教え、一緒にリフトに乗り、お昼はランチを一緒に食べ、朝から晩までずーっと一緒に過ごします。

 

転んだ友達を助けたり、僕も汗だくで子供達を起こしたりしながら、リフトでは、学校の話をしたり、音楽の話をしたり、将来の話をしてみたり、三日間という短い時間の中で、どんどん仲良くなってきていきます。

 

過去の写真

 

image

 

最終日には皆スイスイ滑れるようになりいよいよ山頂へ行きます。

 

 

天気がいいと本当に綺麗でね。

 

こんな感じになるんです。

 

 

 

こうしてあっという間の三日間が終わります。

 

 

 

もうね、やっと仲良くなって、スキーも滑れるようになって、楽しくなってきたなぁ〜と思ったら終了。

 

この切なさったらないよ!本当に!

 

帰りたくないと泣き出す生徒もいるほどです。

 

 

 

お見送りの写真。

 

しかも後日学校から生徒たちが書いた手紙が届いたりしてさ、

 

もう何なのこの仕事。感動しすぎ!

 

 

ってなるんです。

 

 

 

僕は、レッスンの最後に、

 

大人になったら彼氏、彼女と一緒に、たかつえスキー場にきてくれ!

そして、べっち先生いますか!?とスクールを訪ねてくれ!俺はこの仕事ずっとやってるから!

あと、家に帰ったら、「べっち ギター」でググれ!皆のこと書いておくからな!

 

と言って最後の一本を滑ります。

 

 

初めて教えた子たちは、もう19歳になる。

 

そろそろその約束を果たしてくれる子が出てくるかな。

なんて思ったりして。

 

 

そんなこんなでとにかく楽しい三日間を過ごしてきます。

 

では行ってきます。

 

 

PS

たかつえスキースクールでは、インストラクターを募集してます。

ここ見て、僕も私もやってみたい!という方はいつでも連絡ください!

僕と一緒に教えましょう〜!

 

 


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どうも。

べっちです。

 

ちょっと寂しいお知らせです。

 

福島にある実家「つるのや」が今年の3月で営業を終了するこになりました。

 

僕も弟も、後を継げる状態ではないので、手放すこととになり、予定では次のオーナーが3月以降、建物を取り壊すことになるそうです。

 

何とも寂しい話ですが、後継者がいない上に、この規模のお店を維持する親の体力も限界という状況で、このような判断となりました。

 

なので2/23に行われる「神々のパイセインプレミアム in 福島」が、つるのやで行われる最後のイベントになります。

 

 

 

もう、つるのやでイベントをすることも、飲み食いすることもできません。

 

最後の機会です。

残り数席しかありませんがまだ入れます。

 

僕の思い出が沢山詰まった「つるのや」に是非来てください!

 

僕は、この日泣くかもしれませんw

 

メール待ってます。

 

 

 

 

さて、ここからは僕が書きたいから書く

 

「思い出話」です。

 

 

長文ですので、暇なら読んでください。

 

 

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1980年3月。

 

僕が3歳の時、両親が「つるのや」の営業を始めました。

 

実は僕も初めて見たのですが、これが当時の新聞だそうです。

 

 

当時の父は28歳。

 

どういう状況で売りに出ていたのかは分かりませんが、銀行からお金を借り「鶴の家別館」を買い取り、割烹料亭に改装し営業を開始したそうです。

 

 

旅館から料亭への改装中の「つるのや」を僕はとてもよく覚えています。

 

タイル張りのお風呂の壁には

 

「熱湯が出ますご注意ください!」

 

というようなメッセージが、筆で書いたような字体で書いてある風呂で、そのお風呂に家族で入った思い出を、3歳ながら強烈に覚えています。

 

3歳の記憶は死ぬまで残りますね。

 

 

 

何事もスタートダッシュというのは重要なもので、オープンから数年間、両親は店に泊まり込みで仕事をするようになり、3歳と0歳の育児は無理だということで、僕と弟は、父親の実家で祖父母と一緒に生活をするようになりました。

 

大正生まれの婆ちゃんは本当に厳しい人で、超スパルタな「躾け」を受けました。

まぁ今となってはいい思い出ですけどね。

 

これが当時の写真。

 

 

写真は穏やかですね。

でも厳しかったんですよ。

 

 

そんな厳しい婆ちゃんから唯一開放される日がありました。

 

 

それは「つるのや」の定休日「日曜日」

 

この日が、週に1度だけ親と会える日でした。

 

 

土曜の夜になると、当時働いていた板前さん(きんちゃん)が、実家に僕と弟を迎えにきてくれて、週に1度だけお店にお泊まりできるんです。

 

 

これがまた嬉しくてね。

 

 

その思い出が染み付いてるのか、今でも店の匂いとか、親と一緒に寝た部屋を見たりすると、なんともノスタルジーな気持ちになるです。

 

 

これも本当にいい思い出です。

 

 

 

その後も、週に1度しか両親に会えないという生活は続き、僕が中学に入るまでそんな生活でした。

 

 

そんな中学生の頃から、ちょいちょいお店を手伝うようになり、高校に入る頃には、つるのやで、下足番と皿洗いのバイトをするようになります。

 

 

1992年ぐらいかなぁ。

今思えば当時の「つるのや」は、とても繁盛していた記憶があります。

 

ホステスさんが毎日行き来し、店の前は、連日タクシーが列をなしていました。

 

今の福島では、ありえない光景です。

 

本当にいい時代だったのだと思います。

 

 

10代の頃に、そんな華やかな夜の世界をガチで見せてくれたこの環境は本当に凄かったと思っています。

 

そんな高校1年生バイト時代、厨房で母親と撮った写真がこちらです。

 

 

 

本当にいい思い出です。

 

次行った時は、同じ構図で写真を撮る予定です。

期待しててください。

 

 

 

 

そして、高校卒業後、僕は一瞬就職するものの、脱毛症の治療のために退職し、つるのやで仕事をしながら治療に専念することになります。

 

その時は、親父と一緒にカウンターでお寿司を握る仕事をしてました。

 

僕がイカの塩辛や、北寄貝の剥き方を覚えたのはこの時です。

 

父親とカウンターに立つ貴重な写真がこちらです。

 

 

 

若い。

二十歳ぐらいじゃないかな。。

眉毛も抜け落ちた時期です。

 

毎週病院に行き治療をしていました。

 

本当にいい思い出です。

 

 

僕が福島に住んでいて「つるのや」と深く関わったのはここまでになります。

 

 

 

 

突然ですが、僕は長男です。

 

店を継がなくていいのかと、考えたこともありました。

 

 

 

しかし、オヤジが一言こう言ったんです。

 

 

 

つるのやは、俺が勝手に買った店だ。継いで欲しいとは思っていない。

継ぎたきゃ継げ、継ぎたくなきゃ好きなことやれ。

 

 

 

 

理由はそれだけではないけど、

 

自分は、一体何がしたいのか?

これを確かめたくて、僕は21歳の時に、ギターを持って実家を出ました。

 

 

その後、大好きな実家に、友達や、バンドの仲間、更には、THE冠のイベントでお客様までも、ご招待することになろうとは全く思っていなかったけど、みんな喜んでくれて僕も本当に嬉しかったです。

 

 

そんなお店が無くなってしまうのは本当に寂しい。。。

 

本当に寂しい。

 

 

 

今の僕にもっとお金があれば、僕が買い取ったのに!

と思ったけど、そんなお金はないので無理なんですね。

 

 

寂しいなぁー。

 

という気持ちを書きたくブログに書きました。

 

 

なので、3月まで行けるだけ行きたいと思ってます。

 

 

 

 

震災をきっかけに実家を取り壊し、福島の家は「つるのや」だけという状態でしたが、いよいよ「つるのや」も無くなります。

 

更に、3月以降の両親は、福島を離れるそうです。

 

 

「ふるさと」に家が無くなことが、こんなに寂しいもんなんだと・・・

 

無くなってから気づくことが沢山あるのは知っていたけど、今回のこれはなかなかヘビーですね。

 

まぁ、仕方ないけど。

 



福島の同級生、先輩の方々。

 

今後は福島へ帰る機会が減りそうです。本当に。

 

 

でも福島で育ったことは一生忘れないし、僕の「ふるさと」は唯一つ。

 

福島だけです。

 

若い頃は、もう二度と帰らないと思っていたのに、今となっては恋しくてしかたないです。

 

 

「ふるさと」というのはそういうものなのでしょうか。

 

 

いつか自由に移住先を選べるような時がきたら、福島に戻りたいと思うほど恋しい場所です。

 

 

 

本当にありがとう。

 

福島。

 

本当にありがとう。

 

つるのや。

 

 

行く機会は減ると思うけど、僕の「ふるさと」福島。

 

愛してます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おまけ

 

 

 

 

↓週に一度だけ親と会える、日曜日にお店に来た僕と弟(1980年ぐらい)

 

 

 

 

 

↓僕の息子と姪(2016年)

 

 

 

 

長文、読んでくれてありがとう。

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