7年前の今日は、宮城県仙台市で仕事中でした。

小中高の避難訓練で毎年やっていたけど、本当に机にもぐったのは生まれて初めてでした。

机にもぐりながら、携帯で福島県の母と、1月から単身赴任中のダンナに「生きてるよ」と打つのが精一杯でした。

雪の中、支社長の指示のもと、約60人の社員は自宅の近い者同士で固まって、小学生の集団登下校さながらに、一晩過ごせる状態ならそのまま帰宅、そうでない者は集団に戻って、支社の外(寝る時は車内)で夜を明かしました。

役に立ったのは、ウォーターサーバーと、東北の秋の風物詩「芋煮会」で使ったガスコンロ。

ビルの中は足の踏み場もないし、崩壊したら危険なので、外の自転車置場で火を囲み、各自自宅から持ち寄ったカップ麺やレトルトを、みんなで分け合いました。

絶望したのは、翌日になってから。

ガソリンスタンドが、全て救助車のみ給油可になり、給油出来ず、一晩明けてもライフラインは復旧せず、自衛隊の方に聞いたら「全くメドが立たないけど、1ヶ月はかかるでしょうね。」

ビルの貯水槽も底をつき、男性社員たちが近所の公園で水を汲んで、トイレを流せるようにしてくれました。

けど、私たちは本当に恵まれていて、3日目には、他県の社員たちがピストン輸送で隣の山形県に避難させてくれました。たった3日のことなのに、夜に光があることに感動✨

14日には単身赴任中のダンナが迎えに来てくれて、無事に再会出来ました。


今から黙祷です。

悲しい思いをされた方が数多くいらっしゃる中で、私は今もこうしてダンナと生きています。

このことに感謝し、被災された方々のご冥福と、悲しみが少しでも和らぐようにお祈り申し上げます。