一度、引退されて、ブランクの後、復帰されて、今又活躍している。

一度引退する前の現役の頃のエピソードに、自身の視力、及び目のために、パソコン類は、一切関わらないようにしていたと、何かの記事で読んだことがある。

ホンの些細なことでも、勝利により近づくためには犠牲にするものがある。これを再認識したことを、よく覚えています。しかしたかだか、10年20年の間でブログ、ツイッター、フェイスブックとITに関わる横へのつながりは、自分の入れ込み次第で、いくらでも広がるように、なってきました。


私もただひとつ、気をつけたいことは、研究会や、メンタルの活動などで知り合った多くの人がおります。己を伸ばすよき知り合いばかりなのですが、中には参考になればと、いろいろな書籍や、グラウンド観戦のときに急に雨が降ってきたときなど雨具を貸したり、そのような思い出も、一杯あります。


「次回、もって来てくれれば、いいから。」それはそれで、そのとき役に立つものです。しかし、まるっきり、返すという言葉を知らないのではないかと、言う人もいる。私自身がまさかそのような人がいることすら、信じていなかったので、今、だいぶ年月がたっても、そのままなことは、もうあきらめるしか、無いのかもしれない。と、思っています。

始めに書いた、ITに関わるつながり。そこを通して私に友達申請がされてきたのを見て、おもわず、書き込んでしまったのです。自身の友達を増やそうとする前に、あなたが今することは、なんでしょうか?野球選手に知り合いの多い私に関わってきた動機が疑われていますよ。

先ほどテレビで女子プロレスラーだったジャッキー佐藤さんのことが、放送されていて、おもわず、見入ってしまいました。


確か横浜の、岩崎中学出身の方で、細い体ながら、その気迫は、数倍体格で勝る大型レスラーに対しても優位に立つことの出来るオーラを、だんだんと20代初めで身につけていったと、感じていました。


私の周りに、何人か、岩崎中のものがいるので、何かと、よく、耳にしていました。生きていれば 53, 4 歳

今シーズンのチームの成績が思わしくなかったのは、かなり私の責任大なのですが、今、落ち込んでいる暇は、ありません。

多くの知り合い、周りの友人、関わりある人物、縁ある人たち。そういう中で、生きたくても、叶わなかった人たちの分まで、人生を味あわなくては、逃げ出したことに、なります。

最終戦、しめて、いきましょう。


なぜ個人的な休暇の行き先のことを2回に分けて書くかと言うと、宿のオーナーとの交流を書きたかったのです。

この夏合宿を行った地の宿ライザワールドと、夜練習の体育館との間にあるペンション村。ここには10軒ほどのペンションがあります。国有地に立つ村で国を挙げて、蔵王の有効活用を模索して、早35年。

私の泊まったところのオーナーは上山の会社出働きながらスキー教室を立ち上げたり根っからのスキー好き。弟さんも、現在函館でスキー教室をやっている。当然冬はこの蔵王でスキー三昧だったオーナーはこのペンション村が出来て2年目に関係者から「オーナーをやってみませんか?」と誘われる。

関西から応募してここでペンションを始めた方が、冬場の雪の多さ、夏場の寂しさ、そういうすべてのことに、いたたまれなくなり、1年でギブアップしたのです。

すぐに受けたオーナーは会社をやめ一転ペンションの、オーナーに。

今年でオーナーになって34年だという。3年前に、奥様をなくされ、すべての用を一人でこなしている。食事の支度、ベッドのシーツ類の洗濯、お風呂の掃除等、ペンションの管理は、あらゆることをしなくては、ならない。

しかし料理には、一切手抜きはしない。肉料理、魚料理、それに添えるソースが二工夫、三工夫はしてある。

お子さんはいられないので、当然会話は、お客との会話が殆どの現在。


現在82歳。しかし好きなスキーの時期が来る冬が今でも楽しみと言うそのお姿は10歳は、若い。誰もが年齢を聞いてびっくりすると、言う。


来年、チームが又ここで合宿するなら、必ず私は、ここで宿を取りますと、約束して帰路につきました。


たった1泊の充電ですが、エネルギーが、たくさん、私の体内に入り込みました。  上坂さん、そのときまで、お元気で。来年、又会いましょう。

ありがとうございました