私の父方の父、今は亡き私のとって尊敬できる御爺さんですが、藤沢に住んでいて、
私の名前の名付け親でもあり、とてもよく、かわいがってもらった子供時代。
ある日、祖父は薪の縛り方を教えてくれました。見事な手つきで、くるっと紐を回し
まさに目にもとまらぬ早業。「できるか?」 そう言われ「もう一度。」 そんなやり取り
を3回繰り返し、何とか縛れたのですが、その時もうすでに横須賀に住んでいた私は
帰宅後、家でやってみたら、どうも縛れない。なんであのとき、もっと何度もやらなかっ
たか。なんでもっとよく聞かなかったか、悔みましたがその後しばらくは祖父にあっても
そのことを聞けず、月日は立ち、祖父は病気で亡くなりました。私はそのことがあって
というわけではないのですが、船を係留するもやい結び、引っ越しなどで荷物を縛る、
ちじめ結びはいとも簡単にできるようになっていましたが、、相変わらずそれはできませ
んでした。ある時通りかかったところでその縛り方で縛った薪を見つけ、頼み込んで
一度ほどいて縛りなおさせてもらっていいか、頼み込み、許可されて、ほどいたことが
あります。そのおかげで、何とかヒントがわかり、次は縛れるかも、みたいな感じに
なりました。別に現在では薪を縛ることもなく必要もない縛り方ですが、何か祖父に
理解していないのに理解した顔をして日々を過ごしてしまった自分が恥ずかしくて
その時点でわかりかけた感じを封印してしまい、今でもはっきりとした縛り方をできない
挫折した自分としてその思いを、今でも持ち続けています。人間には器用不器用が
それぞれに、いろいろな動作や動きにあり、一度で覚えることもあれば、どうも思考回
路が違うところにあり、何度も何度も聞いて、行ってやっと身に付くこともあるということ
を、忘れないようにしているのです。それまで左右両手で何事も器用にこなすといわれ
鼻を高くしていた自分を戒めてくれた初めての挫折と言えるかもしれません。
このことを先に書き、昨日のブログの書き込みを後にすればよかったのですが、
Nさんには嫌な思いをさせてしまいました。社会人チームの中のトップで長い間、やった
のですから、戦士の心がなければ続かなかったでしょうし、チームのただ練習やってま
すのような危機感のない取り組みを見て、思う戦士の心境は、だれでも、同じでしょう。
そしてNさんの働きかけで始まった東北遠征。私の基本は、Nさんを、都合のいい時だ
け利用するチームや、筋の通らないチームがありNさんが、行かなくなるならば、私も同
じ行動をとる覚悟は、今も変わっていません。今回の件の答えは、そのチームがどうい
う答えを高校総体で出すかだと、思います。Nさんの真意を汲み、軌道をまっすぐに直
すことができるならば、「おい、お前ら、気がつけよ。時間はいつまでもあると思うなよ。
」という真意が生きてくるのです。そしてそれを生かしてあげるのが監督の役目であり
それをサポートする、私の役目であります。今日行ったチームの先輩が春休みで、練
習を手伝いに来ていて、今書いているチームの選手と、同じ大学で一緒に競技をやっ
ていると、報告を受けた。今日のチームは監督が2年前、代わり、新監督は、私に遠慮
して表立って依頼できなかったらしい。帰り際申し訳無下げに予定表を渡してくれ
このあたりでお願いしたい。と言ってくれたので「都合がつく限り、応援しますから、遠
慮はしないでください。」と言って帰ってきました。選手何人かが練習の合間や後で
相談に来た。答えると安心したような表情を皆する。そう、エリアの違いはあれ、皆
不安を抱えて取り組んでいるのだ。Nさんが鞭なら私はさしずめ飴である。
おいしいところを一人で取ってしまうが、こういう役割で選手が自立し結果チームが強く
なることが私たちの目指すところかもしれない。
これからこのブログを見ることになるであろう選手の方に名誉のために書いておきます
が、Nさんは一喝後、しっかりメールで、該当選手をサポートしていることを、書いておき
ます。
明日は遠征最終日。T大学付属高にて、男子硬式野球チームに顔を出します。
Nさんも来られるので、よきコンビで最高の成果を出せるよう一所懸命に取り組んで
有終の美で締めくくって帰路に付きます。