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30超えて親が毒親と気付いた独身女のブログ

なんだかんだ幸せだと思って生きてきたのに親が毒親だった!
そういえば!と気付いちゃったらもう修羅場。。。
独り身アラサーがもがきながら人生取り戻そうと頑張るブログです

私の母は過干渉。何でも甘やかす過保護というのではなく

常に私を見張っている。

母の中で娘はこうあるべきという基準があって、それを超えると怒られる。

 

高校生の頃、自分の部屋で気になる男の子と電話をしていた。

つい長電話になっていて、聞き耳を立てていた母は

いつまでも切らないことにイライラしたんだろう。

急に「いつまで電話してるんだ!」と大声で怒鳴り込んできた。

近所にも聞こえるくらいの大声だから勿論電話の相手にも聞こえる。

気まずくなってすぐ切ったけど、どうしてそんなことするの?と怒ったら

きっと相手に気を遣って切りたくても切れなかったんだろう。

おまえが可哀そうで心配だから切りやすくしてやったと言われた。

 

・・・良く分からないのだ。でも「心配してる」と言われると

うーんそうなのか?とムカつきながらも思ってしまう。

この話を大人にすると、親は心配なのよ~と笑われる

友達にしても、うぜ~。まぁでも愛されてんじゃん?と笑われる

 

私の中ではものすごいモヤモヤが渦巻いて

だけどそのモヤモヤを誰にも理解されないし

自分だけが考えすぎなのかとその時は閉じ込めてしまう。

 

母は私を愛し、愛ゆえに少し暴走してしまったのだと。

母が暴走しないように、次からは気を付けないと、と。

 

母が言う「愛」に違和感を感じながらも

また母が暴走するのが怖くて常に母の機嫌を伺うようになり

気付くと私は「母になんて言われるか」「母がどんな顔をするか」

その基準をもとにしか、考えられなくなっていた。

自分の稼いだバイト代で買う少し高いスイーツですら

何か言われるかなとドキドキしながら持って帰り

ちょっと頑張ったからね!と言い訳をしないと食べられない。

母が良かったねと笑えば正解、自分だけなの?と言われると不正解。

 

例に出したのは高校生の頃だけど

幼いころから「心配だから」「あんたの為よ」そんな言葉をつけた

母の価値観の押し付けはずっとあったんだと思う。

それをずっと愛されてると思ってきた。

所謂洗脳とはこういうことかと今ならわかる。

 

あまり親戚もおらず、普段関わる大人は極端に少なかったと思う。

家族という小さな独裁国家のなかで生き抜くために

私の場合は母の求めるままピエロになった。

 

毒親というワードで調べると「生きづらい」とよく書かれている。

私は深い人間関係を築くのが苦手だ。

人見知りをしないし明るいし、友達もいる。

だけど彼氏となると急にロボットみたいにカクカクしてしまう。

どうしてうまくいかないんだろうと悩んできたけど

私は母の気に入るようにしか生きてこなかった。

誰かと対等に付き合える自我が育ってないのだ。

卑屈になるほど自尊心もない。

もう30歳超えて、向き合うのつらくて今更、と思うけど人生長いもんね。

もうちょっと頑張ってみよう。