
世の中は、GWでしょうか?
今年は、お出掛け出来ないので、皆様の旅行ブログ拝見して、楽しんでいます
来年は娘と家族3人で旅行出来たら良いなぁ

出産後のレポです。
※私の出産は、少々、リスクがありました。見れない方は、読まないでくださいね。そして、読んでいただいた方は、参考までにご覧下さい※
4/5、17時頃、帝王切開にて、娘を出産し、リカバリー室で、母親、主人と過ごしていました。娘も登場し、みんなで温かい気持ちになり、写真撮ったりしていました。
20時頃だったか、時間は定かでは、ありませんが、母と主人が帰っていきました。
後日ですが、主人が「今、思えば、助産師さんや先生がバタバタしてて、産後って、こんなに慌ただしいんだなと。変な感じだなーと思った」と言っていました。
元々、妊娠高血圧症候群の疑いで、妊娠6カ月で里帰りしました。
最悪、里帰りさせられないと埼玉の病院で言われたので、なら、良い時期に早く里帰りしたら?とアドバイスいただいたので、決めました。
出産する産院では、外部から専門の
が来ていて、外来で診ていただいていました。有り難い事に35Wまで妊娠高血圧症候群にならずに済みました!
が来ていて、外来で診ていただいていました。有り難い事に35Wまで妊娠高血圧症候群にならずに済みました!家族が帰宅後、担当医の先生2人いらして、「出産後の出血が多めです。もし、このまま多くなると、ウチの病院では難しい処置が必要になります。妊娠高血圧の合併症も気になります。これから大学病院に救急搬送しますが、よろしいですか?」と。
私はビックリしましたが、おまかせするしかないので、「お願いします」と答えました。そこから、採血したり、助産師さんが主人に電話して、直接、大学病院に向かってもらう事など聞きました。
10分位で、救急車登場🚑
人生初の救急車は、凄く揺れて、痛みが倍増して、意識朦朧としました

担当医の先生と助産師さんが同乗してくれて、助産師さんがずっと私の手を握って「大丈夫ですか?辛かったら、私の手を握っていいですからね!もうすぐですよ!」と励ましてくれて、本物の女神がいるのか、と思いました

その助産師さんの事、一生忘れないだろうと思います。
大学病院に着いた時間は、覚えていません。意識は、ありましたが、記憶が鮮明ではなくて

とにかく、痛みが尋常ではなく、何されても痛くて。。。
主人が来て、
に「旦那さん、手を握ってあげて!」と言われて、握ってくれたのは覚えてます。
に「旦那さん、手を握ってあげて!」と言われて、握ってくれたのは覚えてます。あとは、採血やら点滴やらをして、高額なCTとったり。
病室に連れて行かれて、輸液と輸血もしました。
この時は熱もあったのか、暑かったり、寒かったり。痛みと体調不良で息もうまく出来ず、苦しかったです。酸素も付けられてました。
そして、抗生剤の点滴で、全身が痺れて、どうやら、アレルギーが出たようです。
これから、病院にかかる時は申告しなければ

それから新たな処置が終わると主人と母が呼ばれて、病室に来る、といった流れだったと思います。
深夜1時過ぎまで居てくれたみたいです。
母は心配で帰れなかった、と言っていました。私は、みんなの迷惑だから、帰っていいよー、と言った記憶があります。
とにかく、鮮明に覚えてるのは、このまま眠ったら、一生目覚めないかもしれない。私は、これから子育てしないといけないし、死んでる場合ではない!と思って、どんなに眠くても眠らないように必死で起きていた事くらいです。
まぁ、気付けば、寝てたんですけど

様子を見にきた看護師さんに時間を尋ねたら、3時ですよ、と言われて、この時には痛み止め効いて、呼吸も前より楽になっていました!
4/6、午前中に主人と母、姉がお見舞いにきてくれました!
診察で、血圧も正常範囲内ではないものの、安定した事、出血も治っている事から明日にも出産した産院に戻れるよ、と言われました。
この時には、か細いながら、普通に話す事が出来て、助かったぁ♡と嬉しかったです
抱っこしてない娘にも早く会って、抱っこしたい気持ちでした
抱っこしてない娘にも早く会って、抱っこしたい気持ちでした
お見舞いにきてくれた母にも「今日きて、悪い方に向いたか、良い方か、どっちかだろうと思ってた」と言われました。
後日、知った病状は、①弛緩出血②DIC
③出血性ショックでした。
最悪、再手術で、出血が止まらなければ、子宮摘出すると書いてありました。
4/7、午前中にも出産した産院に戻る事になりました。
本来なら、車で向かわなければならないのですが、大学病院のご好意で、民間の救急車で行く事になりました。
民間の救急車は、見た目は救急車ですが、交通ルールも守り、向かう救急車です。
民間の救急車がある事、ほとんど知らず、改めて、有り難い気持ちになりました。
タンカで運ばれるのですが、診察を待つ患者さんの前を通るので、皆さんに見られて恥ずかしかったです

出産した産院に着いたら、救急車に同乗してくれた担当医の先生と助産師さんが出迎えてくれました。
私は、とても心強かった事、本当に嬉しかったと伝えました
他の助産師さんも「お帰りなさい。良かったですね♡」と言ってくれました。
その後の事は、現在に至るって感じです

とにかく、こうやって、娘と退院出来た事。今は、初めての子育て、寝不足だったりでしんどい事や不安もありますが、感謝しかありません。
不妊外来の
、スタッフの皆様。
、スタッフの皆様。不妊外来だというのに、早目の里帰りが決まったため、長々と診ていただきました。
出産した産院の皆様。
たまたまですが、切迫の診断をしてくれた
が帝王切開もしてくれて、産後のケアもしていただき、大変お世話になりました。
が帝王切開もしてくれて、産後のケアもしていただき、大変お世話になりました。助産師さんは、全ての方が親切で親身になって寄り添ってくれました。
退院の日に担当になってくれた助産師さんに改めて、気持ちに寄り添ってくれた事、嬉しくて、こちらで出産して良かったです、と伝えました

そう言っていただいて、嬉しいです
と言葉をかけていただきました。
と言葉をかけていただきました。そして、最後まで心配かけた家族。
姉と義兄には、送り迎えを沢山してもらいました

母にも助けてもらってます。
もう少し、お世話になります

主人にも迷惑、心配をかけたけど、この人の子供が産めた事、感謝しかありません。
私の出産は、不妊治療から始まり、妊娠中も出産後も、少しの判断が違ったら、こうしてブログも書けなかったかもしれません。
妊娠、出産は、命懸けで、奇跡の積み重ねだと感じました!
全ての方々に感謝の気持ちです

ありがとうございました

ベルベリー
