絵画と歴史「 名画で読み解く ハプスブルク家12の物語 」 | berobe 映画雑感

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「 映画 」と「 本 」の感想

 

 

 

すぐ消すヤツ。

 

 

アニメ『 LIAR GAME 』の OP曲、ヨルシカ『 あぶく 』が好きでね。

 

MVがあったんで 今更ながら 観てみたんですが、まさかの

「 不条理サスペンス 」で 驚きましたよ。

 

かなり絶望的な 設定なんだけど、それゆえ「 サビ 」が盛り上がるんですよね。

 

終盤の展開も さることながら「 オチ 」が また 深くて…。

 

( 最後まで見よう )

 

結構 話題になったっぽいので 知ってる人も多いかと思うけど

短いので 興味があったら観てみよう。

 

 

ここから本題。

 

 

残りの1冊。

 

 

 

名画で読み解く ハプスブルク家 12の物語 」

中野京子

 

芸術 + 歴史( 一族モノ? )・ノンフィクション。

 

 

図書館の「 放出本 」にあったので もらってきたヤツ。

 

( フツーに貸し出しもされてるけど… )

 

あいた時間に 少しずつ読むつもりだったけど なかなか読み進められず。

 

でしたが 入院のときに 読むものがなくなったので 読むことに。

 

 

で 本書、「 絵画 」は まあまあ 好きなんで 中野京子の本もチョット気になってました。

 

感想から書くと 面白く読めましたね。

 

勉強してこなかったタイプなんで「 歴史 」の話に 新鮮味が

あったし、

 

「 絵画 」や「 時代背景 」の説明・情報量も ほどほどで 読みやすかったです。

 

( 若干 説明不足っぽい 個所もあったけど )

 

同シリーズほか『 怖い絵 』なんかも 気になりましたね。

 

 

軽く内容を紹介。

 

たぶん、ネット検索すると 取り上げた「 絵画 」があると思うんで 興味があったら そっちも見てみよう。

 

 

「 ハプスブルク家 」は 約650年間「 神聖ローマ皇帝 」を

ほぼ 独占していた 一族。

 

有名な マリア・テレジア や その娘のマリー・アントワネットも ハプスブルク家でしたね。

 

その元は スイスの片田舎の 弱小豪族。

 

しばらく経ったあと「 ハービヒツブルク城 」を建て、

 

城名の由来である ハービヒト( =大鷹 )と ブルク( =砦 )

から ハプスブルクの名称が生まれ、

 

その城を拠点に 子孫が「 ハプスブルク伯爵 」を名乗ったのが

「 家 」の始まり。

 

 

「 神聖ローマ帝国 」は 962年、オットー一世が ローマ教皇

から 戴冠されて「 神聖ローマ皇帝 」となったことから始まる。

 

「 神聖 」とは「 教皇( カトリック )からのお墨付き 」という意味合いらしいです。

 

国( 場所 )としては「 ドイツ 」で 神聖ローマ皇帝 = ドイツ王でもあったみたい。

 

本来なら 神聖ローマ帝国として「 君主制 」を敷きたいところだったけど、

 

その頃は 群雄割拠の状態で まったく まとまらず、すっかり名目上の名前に。

 

それでも その座を巡って 駆け引きが繰り返されるんですが、

 

皇帝を選ぶ「選帝候」が バランスを考慮して なかなか選ばず、

 

20年間「 帝位 」が空白状態( 大空位時代 )となります。

 

さすがに ローマ教皇が しびれを切らしたため 無能で 扱いやすい人物として 皇帝に選んだのが ハプスブルク伯ルドルフ

 

ところが この ルドルフ一世、無能ではなかったんですね。

 

ルドルフ一世は 言いがかりをつけてきた ボヘミア王を倒して

ボヘミアを手に入れ、

 

さらに オーストリアも自領にして そこに 本拠地を移し、

 

皇帝の座を ハプスブルク家の世襲にするため奮闘することとなります。

 

 

 

「 第1章

アルブレヒト・デューラー『 マクシミリアン一世 』」

 

ルドルフ一世の 頑張りによって ハプスブルク家は 強大に。

 

しかし「 皇帝の座 」は 他家に取られたり 取り返したりの不安定な状態が長く続く事に。

 

安定を取り戻した 15世紀末に 神聖ローマ皇帝 & ドイツ王 の座についたのが マクシミリアン一世

 

そのマクシミリアン一世が よく依頼したのが すでに 名声があった デューラー

 

「 絵 」は マクシミリアン一世が 亡くなった直後に描かれた作品だけど もとの「 スケッチ 」は 前年に描かれたもの。

 

 

 

「 第2章 フランシスコ・プラディーリャ『 狂女フアナ 』」

 

父親が選んだ ブルグント公国のマリアとの結婚で 膨大な富と

領地を得た マクシミリアン一世は それにならって

 

息子のフィリップ美公スペインの王女フアナを 結婚させる。

 

始めの頃は 幸せなフアナだったが フィリップが妻に飽きて 外泊が増えたことで 彼女の精神が不安定に。

 

さらに フアナが「 カスティーリャ女王 」※を 継いだことから フィリップフアナの父との対立も始まってしまう。

 

( ※ 説明がメンドイので 省略 )

 

そんな中、突然死してしまった フィリップ

 

精神が不安定だった フアナは 防腐処理をした フィリップの遺体と共に スペインをさまよう奇行をみせる…。

 

『 狂女フアナ 』は その様子を描いた作品。

 

「 柩 」の前に佇むのが フアナ

 

その「 柩 」に装飾されている「 双頭の鷲 」は ハプスブルク家の紋章。

 

静かな昂りを感じさせる フアナと、疲れ切って うんざりした

表情を見せる 周りの人たちの対比が面白い。

 

ちなみに、この後 フアナは「 幽閉 」されることに。

 

 

 

「 第3章

ティツィアーノ・ヴィチェリオ『 カール五世騎馬像 』」

 

フアナの息子「 皇帝 」の カール五世は「 スペイン王 」だと

カルロス一世

 

( カール五世 = カルロス一世 … メンドイ )

 

暗黙の了解で 皇位を継いだ カール五世だったが、フランスの

フランソワ一世ローマ教皇が 共謀して 横槍を入れてくる。

 

戦争の末 勝利し、不平等条約を結ばせるが 捕らえられた フランソワは 解放されるや それを反故。

 

教皇も それを支持した事から カール五世は ローマに兵を送る。

 

しかし「 選帝侯 」の買収に 金を使ったりで金欠で 傭兵に給料を払っておらず、傭兵は 虐殺、強奪、破壊を行う事態に。

 

それにより ローマの人口は「 3分の1 」に減ったという。

 

( 1527年「 ローマ略奪 」)

 

カール五世は 退位の際「スペイン」を 息子のフェリペ2世に、

 

「 神聖ローマ帝国 」と「 オーストリア関係 」を 弟のフェルディナント一世に 平和的に 継承させ、

 

それにより ハプスブルク家は スペイン系と オーストリア系に

二分されることに。

 

 

 

「 第4章

ティツィアーノ・ヴィチェリオ『 軍服姿のフェリペ皇太子 』」

 

16歳で ポルトガル女王と 結婚した フェリペ2世だったが

その2年後、は 息子を生んだ後に( 産褥で )死亡。

 

( 昔の出産は 命がけだった )

 

2度目、27歳の時の結婚相手は イングランド女王の メアリー一世

 

メアリー一世は「プロテスタント 」を 多く処刑したことから

「 ブラッディー・メアリー 」との異名を持っているけど、

 

本人よりも「 カクテル 」の名前の方で 有名かもしれません。

 

メアリーの年齢から 彼女に見切りをつけた フェリペが 次に

アプローチをかけたのが あの エリザベス一世

 

しかし エリザベスは「 プロテスタント 」、「 カトリック 」のフェリペとは 相いれず 断られてしまう。

 

ちなみに、エリザベスフェリペは 後に「 アルマダの海戦 」で激突してます。

 

 

〔 そして「 スペイン無敵艦隊 」が 敗れる。

 

映画『 エリザベス 』(98年)の続編『 エリザベス:ゴールデン・エイジ 』(07年)で その海戦の場面が出てくる 〕

 

 

フェリペの3度目の結婚は 仇敵フランスの アンリ二世の娘、

エリザベート

 

しかし、エリザベートは もともと フェリペの息子、カルロスの婚約相手。

 

政略結婚では よくあることとはいえ 結果的に 息子の結婚相手を奪うことに…。

 

カルロスは そんな に反逆して 出て行こうとするも監禁され、自殺未遂の末に 牢内で病死。

 

オペラの『 ドン・カルロ 』は この話をモチーフにした作品みたいです。

 

しかも これだけでは 終わらず、わずか2ヵ月で エリザベートが早産し 母子ともに 亡くなってしまう。

 

4度目は なんと 従兄と 自分の妹の間に出来た娘、アナとの

「 叔父姪 結婚 」。

 

アナは 多産だったが「 血の濃さ 」ゆえか 子供は 次々と 夭逝、

結局 息子ひとりを残して 産褥で 亡くなってしまう。

 

その後、フェリペは( 宗教対立により )「 幽閉 」されていた スコットランド女王、メアリー・スチュアートに接触。

 

そのことが「 謀反 」と捉えられた メアリーエリザベス

処刑されてしまうことに…。

 

「 絵 」の方は「 お見合い写真 」みたいな感じだったらしい。

 

ちなみに 股間の「 もっこり 」は「 コド( コッド )ピース 」

という、当時 流行ったという装飾。

 

 

 

「 第五章 エル・グレコ『 オルガス伯の埋葬 』」

 

エル・グレコは「 あのギリシャ人 」を意味する スペイン語で

それが 通称になった( 本名ではない )。

 

オルガス伯は「 教会の修復に尽力した 」という実在した人物。

 

「 絵 」の「天界」部分、キリストの左下にいるのが 聖母マリアで 右下にいるのが 洗礼者ヨハネ

 

洗礼者ヨハネは「 サロメの踊り 」で 首を斬られた方。

 

使徒(弟子)のヨハネ 」もいるので 混同しないように。

 

ヨハネは 5人いるみたい。 なんで 同じ名前にするかなぁ )

 

で、マリアの左にいる「 カギ 」を持った人が 聖ペテロ

 

ペテロは「 天国の門 」の番人なので カギを持ってるんですね。

 

天使たちが 掴んで引っ張り上げようとしている「 雲 」みたいのが オルガス伯の「 霊魂 」です。

 

 

 

「 第六章 ディエゴ・ベラスケス『 ラス・メニーナス 』」

 

「 絵 」の下中央にいるのが 5歳の マルガリータ王女で 両脇にいるのが 彼女をなだめる 2人の侍女。

 

左の画家は ベラスケス本人だそう。

 

中央の「 額縁 」は「 絵 」ではなく「 鏡 」に映っている 王女の両親、フェリペ四世王妃マリアナ

 

何人かが “こちら” に眼を向けているのは フェリペ四世が 部屋に入って来たからなんですね。

 

この絵が描かれた頃 フェリペ四世は 51歳で 世継ぎ無し。

 

そんな中、奇跡的に 生まれた息子が カルロス二世

 

しかし カルロス二世には「 血の濃さ 」の影響か 心身ともに

問題があったみたい。

 

結局 子供は出来ず、スペイン系の ハプスブルク家は 終焉。

 

ちなみに、マルガリータ王女は 15歳で「 叔父姪 結婚 」した

ものの 子供を次々と亡くし 21歳で 死亡してます。

 

 

 

「 第7章 ジュゼッペ・アルチンボルド

『 ウェルトゥムヌスとしてのルドルフ二世 』」

 

兄・カール五世から 神聖ローマ帝国と オーストリアを継承した フェルディナント一世

 

しかし その息子、フェルディナント二世は「 プロテスタント 」

寄りの考えを持っていたため、カットリック教徒のとの関係は 最悪。

 

そんな2人の間に生まれ 跡を継いだのが ルドルフ二世

 

この ルドルフ二世、皇帝なのに 世継ぎに興味がなく( 結婚しなかった )、政治や 宗教にも 無関心、

 

興味があったのは 美術品のほか あらゆる博物・文化の収集という「 趣味人 」だった。

 

そのため ルドルフ二世は「 無能な奇人 」という評価を長らく

受けていものの 近年は「 奇人ながら 学問と 芸術の庇護者 」などと言われるように。

 

( 奇人は 抜けないのね… )

 

「 絵 」の方は 唯一 知っている( そして好きな )作品。

 

「 だまし絵 」的( 寄せ絵 )で オモシロいので 記憶にある人も 多いのでは。

 

揶揄するかのような作風なため 風刺的・批判的な「 絵 」かと思いきや、なんと 本人直々の依頼。

 

題にある「 ウェルトゥムヌス 」とは ローマ神話の 植物・果樹・作物を司る神。

 

オウィディウス『 変身物語 』には ウェルトゥムヌスが 変身能力で 姿を変えて 女神に アプローチする話があるらしい。

 

本人も満足だった この「 絵 」、ルドルフ二世の オタク気質を思えば「 コスプレ 」のようなものだったのかも…。

 

 

 

「 第8章 アドルフ・メンツェル

『 フリードリヒ大王のフルート・コンサート 』」

 

「 絵 」の中央、 “フルートを吹いている男” が「 プロイセン 」の フリードリヒ二世

 

フルートを吹いていた “軟弱者” の フリードリヒ二世は 軍人らしさを求めていた と対立し 処刑されそうになる。

 

( 友人は フリードリヒの前で 処刑されている )

 

それを助けたのが カール六世で 十数年後に フリードリヒ二世は無事に 即位。

 

…にも関わらず カール六世が逝去し、娘のマリア・テレジア

その跡を継ごうとすると フリードリヒ二世は 軍をオーストリア領へ動員。

 

「 女子の相続は 認められない 」として フランス、スペインなど他の国も 次々と参戦( オーストリア継承戦争 )。

 

なんとか「 皇帝の座 」を守った マリア・テレジアだったが 妥協として を即位させることに。

 

 

 

「 第9章 エリザベート・ヴィジェ=ルブラン

『 マリー・アントワネットと 子どもたち 』」

 

イギリスと プロイセンが 手を組んだことに 危機感を覚えた

 

オーストリアと フランスは 互いに敵対するのをやめて 友好路線を取ることに。

 

いろいろな案が出るなか 最終的に 合意したのが ルイ十六世

マリー・アントワネット※の 結婚、という次第。

 

( ※ 元のドイツ語名だと「 マリア・アントニア 」)

 

「 絵 」の方は マリー32歳の 肖像画。

 

右にいる長男が 指さしているのは「 幼児用ベッド 」。

 

無人なのは これが描かれた頃「 次女 」が 亡くなったばかりだから。

 

題にある「 子どもたち 」には 亡くなったばかりの次女も 含まれているんですね。

 

ちなみに、長男は「 革命 」前に病死。

 

長女は 13歳の頃に「 幽閉 」されてから 4年後、人質交換で

オーストリアに帰国。

 

( いろいろあったのだろう、しばらく 失語症だったという )

 

マリーの膝上にいる 次男は 物心ついた頃から「 光も当たらぬ

独房に 幽閉 」されて 生殺しにされたそう。

 

 

 

「 第10章

トーマス・ロレンス『 ローマ王( ライヒシュタット公 )』」

 

「 革命後 」いろいろあって 帝位を継いだのが フランツ二世

 

一方、愛妻を見限って離縁した ナポレオンは 次に フランツ二世の娘、18歳の マリー・ルイーズに 眼を付ける。

 

当のマリーはというと「 次の妃になる方は かわいそう 」と友人に手紙を書いていた…。

 

なんとも 悲劇的な話で 人気も出そうだけど、結婚の翌年に産んだ息子を 乳母に預けっぱなしにしたり、

 

「 島流し 」になったナポレオンの「 家族と暮らす 」要望を

手紙を送りながら無視して ウィーンの実家に帰ったり、


帰ってきてからも 息子を「 宮廷に置く 」のを了承し パルム公国へ行き、会いに行く 約束をしても それを破ったり、

 

さらに パルムで 恋人を作ったりと 自己中心的な性格で 人気はないらしい。

 

そのくだんの息子が「 絵 」の子供、ライヒシュタット公

 

彼が「 宮廷に 置いておかれた 」( 半監禁状態だった )のは

憎き敵の息子として 狙われるのと、

 

英雄ナポレオンの息子として 利用されるのを 恐れたため。

 

後に カール大公の妻、ゾフィ大公妃と 親密になり、野心を抱いたりするも 肺結核を発症、無理もたたって 亡くなってしまう。

 

その遺体は ハプスブルク家の霊廟に葬られたが、第二次大戦

のとき フランスの「 アンヴァリッド 」へと移されたという。

 

そこには 父ナポレオンの遺体も埋葬されていたのだった…。

 

 

 

「 第11章 フランツ・クサーヴァー・ヴィンターハルター

『 エリザベス皇后 』」

 

フランツ二世が 亡くなった後 いろいろあって 次の皇帝に カール大公の名が挙がる。

 

しかし 妻のゾフィが それに反対、彼女が推す 息子のフランツ・ヨーゼフが 皇位に就く。

 

そのフランツが 結婚相手を探す事に。

 

従妹である バイエルン公国の王女との 顔合わせに行った フランツは そこで 王女の15歳の妹、“シシィ” に ひとめぼれ。

 

母の異議を退けて フランツは “シシィ” こと エリザベート

結婚、そして始まる「 嫁姑戦争 」。

 

結婚の翌年に が生まれるが、2年後 エリザベートゾフィを無視して 娘をハンガリーに連れていき 病死させてしまう。

 

これにより 生まれた子供は ゾフィの手で育てられることになり 自身は「 美容 」や「 放浪 」にのめり込む。

 

そのことで 母の愛を求める 息子・ルドルフと すれ違いが生まれることとなり、

 

さらに いろいろな問題が重なり ルドルフは 男爵令嬢と心中してしまう( マイヤーリンク事件 )。

 

そして ルドルフの死から 十年 近く経った 1898年、

 

蒸気船に乗ろうとしていた エリザベートは 体当たりしてきた男に 胸を刺され 殺されてしまうのだった。

 

( 犯人は アナーキストの男で すぐに逮捕された )

 

「 絵 」の方は 28歳の頃の エリザベート

 

これを見ただけでも エリザベートが「 美容 」に 気を使っていたのが わかりますね。

 

( しかも 3人の子供を産んでいる )

 

 

 

「 第12章 エドゥアール・マネ『 マクシミリアンの処刑 』」

 

カール大公ゾフィーの息子、次男のマクシミリアン

 

ゾフィと 親しかった ライヒシュタット公との子供だという

ウワサも あったらしい )

 

兄・フランツとの立場の違いに 思うところがあり 野心を持っていた マクシミリアンは、

 

同じく野心を持つ ベルギー王女の妻、シャルロッテの 働きかけで ロンバルディア・ヴェネチア総督に 就任させてもらうが、

 

自由主義者たちに 共感したとして の怒りを買い 2年足らずで 解任され、居場所を無くしてしまう。

 

それから数年後の1863年、仏のナポレオン三世から マクシミリアンに「 メキシコ皇帝になってくれ 」との誘いが来る。

 

当時の メキシコは ファレス率いる「 革命軍( 共和派 )」と 英・仏・西が支援する「 保守派 」による 内戦状態。

 

マクシミリアンは 母・ゾフィの反対もあり 逡巡していたが、

妻のシャルロッテが 彼を焚き付け 結局それを受けることに。

 

翌年、メキシコに 着いてみると 状況は 全く違っていた。

 

しかも、フランス軍は わずかな義勇兵( オーストリア人と 現地貴族の混合兵 )を残して あっさり撤退してしまう。

 

梯子を外されてしまった夫妻、先に シャルロッテが 助けを求めるため ヨーロッパに戻るも

 

ベルギーの父王は 亡くなっており、いまさら ハプスブルク家にも頼れない。

 

ローマ教皇の元を訪ねた シャルロッテだったが 突然 精神を崩し そのまま 実家に幽閉されることに。

 

( そのまま 一生を終えたみたい )

 

妻の病気を知らされた マクシミリアンだったが そのまま残って

ファレスに捕らえられ、最後は「 銃殺 」される。

 

( しかも 金貨を渡して「 顔を撃たないでくれ 」と 懇願したのに 顔を集中的に狙われた )

 

 

「 絵 」は その場面を描いたもの。

 

銃を撃つ兵士の「 軍服 」は 革命軍のそれではなく フランスの

軍服に 似たものに 変えており、

 

右にいる「 銃弾を込める 赤い帽子 」の人物も ナポレオン三世に 似せて描かれたらしい。

 

マネとしては「 フランスに利用された 」という 告発の意味を

込めた作品だったようだけど 反響はなかったみたい。

 

そもそも「 絵 」として 弱いんですよね。

 

著者も この作品だけ 酷評してましたし…。

 

 

 

一応 取り上げていた「 絵 」12作品 全てを紹介…ということで 今回は 終わり。