「 オペラ座 血の喝采 完全版 」 (イタリア・1987)
WOWOW と TSUTAYA のコラボ、発掘良品 での放送。
ダリオ・アルジェント 監督 の サスペンス・ホラー 作品 で、
「 劇場公開版 」 に 12分 追加した 「 完全版 」( 107分 )です。
オペラ 「 マクベス 」 の マクベス夫人役 の 歌手が 事故に遭い、
母も歌手だった ベティ が 代役に選ばれ、舞台を 無事に終える。
しかし、その後 助監督と 2人きりの時、
ベティ は 何者か に 柱に拘束され、強制的に 「 助監督 殺し 」 を
見させられる・・・。
ベティ 役、クリスティナ・マルシラック。
ミラ 役、ダリア・ニコロディ。
ジュリア 役、コラリーナ・カタルディ・タッソーニ。
音楽は、クラウディア・シモネッティー、ブライアン・イーノ 他。
C・マルシラック は、かなり “ヒドイ目” に遭ってましたね~。
コラリーナ・カタルディ・タッソーニ は、『 デモンズ2 』(86年) で
最初に “悪魔化” した人です。
今回で 3回目の鑑賞だけど、「 完全版 」 は 観たかどうか わかりません。
初鑑賞( レンタル )は 「 日本公開版 」( 以下 短縮版 ) だと 思いますが…。
その 「 短縮版 」 は 評価が 低いです。
まぁ~ 説明・描写 不足 なので 仕方ないですが。
( 私は 「 短縮版 」 も結構 楽しかった 記憶が… )
この 「 完全版 」 では、犯人の心情、ベティ のトラウマ 描写が
補完され わかりやすくなり、
( サスペンス・ホラー 的な ) ドラマ性 も増しています。
それにより、描写 ( カメラ・ワーク、演出 )も より集中して 観れました。
そして その 描写が “過剰” で 凄く 楽しいんですよ~。
( 詳しく 書きたいけど、長くなるので 割愛… )
あと、( 個人的には )ストーリーの 破たんが ほとんど なくなったし、
「 犯人当て 」 の くだり も やっぱり最高だな~。
残酷描写は “チョット高め” くらいかな?
特に 良かったのが、助監督 と ミラ 殺害 ですね。
助監督 殺害は、
助監督 の 「 アゴの下から 短剣を 突き刺す 」 のですが、
開いた口 の アップ になり、口内に 「 突き出た 短剣が見える 」 演出が 素晴らしい。
ミア 殺害は、
「 ドア・スコープ 」 を 覗いていた ミア を 犯人 が 「 スコープ越し 」 に銃を撃ち 、 ミア の “右目を撃ち抜き” ます。
ここは スローモーション で演出されていて 儚く、情緒が ありましたね。
「 過剰な カメラ・ワーク 」 と 「 程よい 残酷描写 」 が楽しく、
「 性倒錯・ミステリー 」 の趣も なかなか良くて、個人的には 大好きな 作品です。
ここから ネタバレ あり。 ( 犯人は 伏せてます )
ですが、
「 ベティ と 犯人 と 「 脳 」の映像 」 と、「 ベティ のトラウマ 」 に
ついてです。 ( しかも 長い… )
OPは オペラ 「 マクベス 」 のリハーサル。
でも、劇で使う カラスの “目のアップ” から始まり、その後も ほとんど カラス のアップ。
この作品、カラス場面が かなり多い( 長い )ですが 一応 意味があります。
あと、“カラスの目” のアップ は、この作品が 「 視線、視点 」 の映画
だからでも あります。
序盤だけでも、
OP後 の、 歌手 “マーラ の視点”、
通気口から 何者か が “覗く視点”、
舞台場面の “犯人視点” があります。
( その他 “カラス視点”、 “拘束された ベティ 視点” もあります )
この 最初の “犯人視点” の途中、「 回想シーン 」 が流れます。
その 「 回想シーン 」 も当然 “主観視点” で、
「 吊るされた女 」 と 「 襲われる女 」 が映りますが、この時点では
よく わかりません。
そして 2回目の 犯人の「 回想シーン 」 では、その前に
わざわざ 「 脳 」 の映像 が出ます。
この 「 脳 」 は、“思い出し” の具象化 でしょう。
そして 犯人 と カラス の戦い(?)の場面 を挟み、
「 助監督 殺害 」 場面へ。
ここで ベティ は、“殺害を 見させられる” のですが、
柱に 括り付けられた ベティ は、両目の下に 数本の針を テープ で
固定され、
目を閉じること が 出来ません。
殺人後 犯人は ベティ に 「 本性は みだらな女なのだ 」 と囁きます。
ベティ と 助監督 は 裸でしたが、ベティ は “その気にならず”、
助監督とは 寝てないようです。
拘束を解かれた ベティ は その後 監督 に会い、
「 殺害 と 子供の時に見た夢 」 が似ている事 を話します。
次に 衣装を直している ジュリア が襲われますが、
ここでも ベティ が “拘束” され、“殺害を見させられ”ます。
ベティ が拘束 される前に、
犯人の顔が アップ になり、また 「 脳 」 の映像 が出るのですが、
次に 画面に映る “ベティ の 「 脳 」” とも考えられ、
2人の 「 脳 」 の重なり を感じます。
その次の 「 脳 」映像 は ミア 殺害後 で、
ここは ベティ が “頭を押さえ、よろめく” ことから、ベティ の 「 脳 」 ですね。
ここで 「 脳 」映像 をまとめると、
最初は 犯人の 「 脳 」 、
次は 犯人 と ベティ の 「 脳 」( 重なっている ) 、
最後は ベティ の 「 脳 」 と、
2人を 「 脳 」 で “繋げる”表現 になっている のが わかります。
その後に ベティ が見る “夢の中”で 子供のベティ が、
「 女性を殺す男 」( 犯人 )と、それを見て “悦ぶ”、「 拘束された母 」 を見ているのが 明らかになるので、
この 犯人 と ベティ の “「 脳 」 の繋がり” が、
2人の 「 共通する 記憶 」 の表現 だと わかります。
この “夢” で、ベティ 自身が 気づかない 「 性的トラウマ 」 と、
犯人の 「 殺害を見せる 」、「 ベティ を狙う 」 動機も 判明しますが、
先の “「 記憶( 脳 ) 」の繋がり 描写” があるからこそ、
「 ベティ と 犯人 の繋がり 」 と 「 ベティ の 性的トラウマ 」 の 説得力 が 増すんですね。
( 終盤、母の「 命令 」で 犯人が「 女性を虐待した 」 のがわかる )
あと、この作品が 「 視点に こだわる 」 のも、
「 映像を 撮るのが 楽しいから 」 だけじゃなく、
犯人 の 「 倒錯した性癖( こだわり ) 」の暗喩 にも 掛かっているから
でしょう。 ( 多分… )
最後、ベティ は 草むらで、“枝で押さえられ 動けない トカゲ” を
助けます。
これは ベティ の 「 トラウマ からの解放 」 を 意味していますが、
夢( 記憶 )の中の “虐待される女性” ( と、拘束された母も? )を
「 助ける 」 描写にも 思えますね。