「 ジュリエッタ 」 (スペイン・2016)
ペドロ・アルモドバル 監督の 人間ドラマ。
マドリード で暮らす ジュリエッタ は ある日、かつての 娘の友人から、
12年前 突然姿を消した 娘・アンティア に出会った事を 聞かされる。
ジュリエッタ は、自身が 25歳の時の アンティア の父・ショアン との出会いから 回想し、手記を書き始める…。
ジュリエッタ は 25歳の時、列車で “昏睡状態の妻” がいる ショアン と出会います。
しばらくして ショアン から 手紙をもらい、ジュリエッタ は会いに行くんだけど、
ショアンの妻 は亡くなっていて、そのまま 暮らしちゃう。
ジュリエッタ に 娘 が生まれ、親に会いに行くと、
父は、母の介護人 と浮気をしていて、母の死後は その介護人と 暮らします。
ジュリエッタ はそんな 父を 許せずにいるけど、ジュリエッタ も
運良く(?)ショアンの妻 が亡くなっていた だけで、やっている事は
そんな変わらないんだよね。
年数が経ち、娘 がいない時に ジュリエッタ は、
ショアン と 芸術家・アバ との関係を問い詰め、ショアン はそのまま漁に出て、亡くなります。
ジュリエッタ は 悲しみと、ショアン を疑った罪悪感で、うつ病 に。
( あと 25歳の時 列車で無視し、その後自殺した男への罪悪感も有 )
そして、甲斐甲斐しく 世話をしてくれた 娘 が、「 瞑想に行く 」 と言い、そのまま 消息を絶ちます。
ジュリエッタ は 娘の事を なにも わかっていなかった事を 知るけど、
娘 も ジュリエッタ の苦しみを わかっていないので、同じなんだけどね。
娘 がいなくなった理由の1つが、父を追い詰めた 母に “報い” を与えるためらしい。
気になるのが 娘が、ファザコンっぽい のと、
( 息子に 父親の名前を付けている・・・けど、国柄かも )
父 死後の “親友依存” で、 それは 父親の 喪失感 からか。
( 親友は 外国に逃げちゃう )
あと、“信仰” を持ったようで、相当 苦しんでいたと 推測できますね。
終盤、かつて暮らした アパートに、娘 から手紙がきます。
そこには 娘 が 長男を 亡くしたことにより、
娘がいなくなった 母の気持ち を理解したとの言葉が…。
結局、同じような 状況に ならないと、“気持ち” はわからないし、
その “気持ち” も 同じじゃない。
他者の “気持ち” は想像できるけど、それも “自分の考える 気持ち” でしかないんだよな。
でも、どのみち 最後は、相手の “捉え方次第” だから、
それで イイんだけど。
監督らしい 「 人の 気持ち( 想い )の通じなさ、わからなさ 」 の話でした。