スウェーデンで入院した話 | うさこの旅日記&育児日記~4人家族になりました~

スウェーデンで入院した話

写真の整理をしていたら、数年前に入院した時の写真が出てきたので、ブログに記録してみることにした。長くなるから箇条書きで。

 

月曜日の朝。起きてキッチンへ行ってから、お腹の内側からガツンと殴られたような感じを受けて床にしゃがみ込む。生理痛かな?などと思いやり過ごす。

火曜日。謎の吐き気と、昨日と同じ感じの、内側からお腹ガツンという痛みを受けて「月曜日から新しく始めた喘息の薬が合わないのかしら?」などと思う。

水曜日。普段は生理痛なんてないのにおかしいな?と思いながら1日を過ごす。

木曜日。同じくお腹がしくしく痛い。

金曜日。友とお茶していて、話の途中で突然「ぐわっ!!あああぁぁぁ」と悲鳴を上げたので驚かれる。「なんか今週は生理痛がひどいんだよね。か、喘息の薬が合わないのかなー。」などと言って別れる。

 

その夜。具合が悪いので夜の8時くらいに就寝。そして真夜中に突然ドーン!と来た痛みで飛び起きる。なにごと?陣痛か?私って妊婦だったっけ?と思うほどの突然の痛みに声も出ない。そして痛すぎて動けない。

 

隣に寝ているオタク君に、ニジニジとにじりよって、肩をトントンと叩いて起こしたら「寝てます!起こさないでください!」と言われたので、静かにキレた。痛いちゅうねん。痛すぎて声が出ないので、もう一回肩をトントンする。声を振り絞って「し、しぬー。」と。やっと事態に気付いたオタク君に「痛くて死にそうだから救急車呼んで。」と頼んだら「1177に先に電話しましょうか?」と言われてこの日2回目のキレ。1177は電話相談だから!相談してる場合じゃないちゅうねん!とキレたかったけど、痛くて声が出ないから首をブンブンと降って、「112,112、、、」とたのむ。たのもーうー。

 

救急の112にかけてくれたのは良いが、オタク君があまりにも冷静に丁寧に頼むものだから、重病ではないと判断されたのか、「タクシーで救急へ行ってください。」と言って切られそうになる。

ちょ、待てーい!ジェスチャーでオタク君に死ぬ、死ぬ、と伝える。

 

ら。

 

オタク君が「死にそうです。」と言ってくれて、電話口に私が呼ばれる。

 

電話の向こうから「どう?動ける?え?歩けないの?どのくらい痛いの?え!陣痛くらい?うーん、じゃあ今から救急車行かせるから待ってて!」と言われて電話が切られる。

 

ただボーッと救急車を待とうとするオタク君に「財布、ケータイ、ID、上着、歯ブラシ」などと持ち物を準備させる私。これは入院コースだな?となんとなく思ったので。だって尋常じゃない痛みだから。陣痛と違うのは、陣痛って痛みのピークの後にちょっとお休みがあるのだけど、この時の痛みはお休みなしのぶっ続け痛さなので、本当に脂汗がでたし死ぬかと思った。休みプリーズ、ですわ。

 

ていうか救急車が来たのは、電話を切ってからきっちり45分でしたけど。

 

あと、「子供たちどうすんの?」って話になって、流石に置いていくわけにも行かないし、同じアパートで仲良くしてもらっている一家にお願いすることにした。申し訳ないとは思ったのだけど。オタク君に言って、夜中に彼らを起こしてしまった。それなのに「大丈夫?ちびたんとブーブーさんは見てるから!こっちは大丈夫だから!」と快く留守番を引き受けてくれた。そして、痛すぎて歩けずに、アパートの部屋から救急車まで床をハイハイしている私を見て、救急隊員に向かって「ストレッチャーとかないんですかっ!」って怒ってる声が聞こえてきて、その優しさと痛みとで涙そうそう。

 

救急車に乗ってすぐに出発するのかと思いきや、なかなか出発せず。今思うと受け入れ病院を探していたのかもしれない。救急車の中でモルヒネを注射されたら、アラ不思議。先までの陣痛がサーっと引いて普通に喋れるようになりましたわ。このまま帰宅してもいいんじゃない?ってくらいに。

 

で、その後病院について動くベッドに乗せられて、仮の病室へ連れていかれる。30分か1時間くらい待ったのか?お医者さんが登場して、診察をしたところ「うん、これはほぼ確実に盲腸だね。詳しい検査は明日の朝やるから、それまでモルヒネで抑えて頑張ってー」と言って去っていき、入院決定。

 

オタク君はそれを聞いて一旦帰宅し、私は上の階の病室へ。オタク君は、子供たちを見てくれているご近所さんのところへ早く戻らねばということで。

私はまず、ナースセンターみたいな所へ運ばれて、やってきたナースに「すみません、ここはどこですか?」と聞いたら現在地を教えてくれたのだけど、カウンターの奥に戻ったナースが同僚に「やだ、今きた患者がここはどこって聞いてきたんだけど!痴呆なのかな?」って言い合ってるのを私は聞き逃さなかったYO! 救急車で来たって情報は伝わってないんだなぁとボンヤリ思ったことは今でも覚えてる。

 

翌日の10時くらいに詳しい検査をして、盲腸確定となり、手術が決まり一旦部屋へ戻される。食事はベッドまで運ばれてくるのではなく、自分で取りに行く方式。食堂でオーダーすると、係の方が電子レンジで温めてくれた食事が出てくる。パスタ、魚料理、ミートボール、スープとか。あとはパンやフルーツか。ジュースやコーヒーもあったか。とにかく病人食といった感じは一切しない。生野菜はなかった気がする。支払いはどうするのかが気になったけど、みんなお揃いの入院着を着ているので、それで患者と認定されてお金は払わなくても食事が出てくるのかな。

 

午後1時くらいに、手術の用意ができたからと、手術室の前に運ばれて頭に青い帽子みたいなのを被ったり、手術着に着替えたりする。お医者さんが登場して「全然心配しなくていいからね!」と優しい声をかけてくれる。が、緊張ー。

 

と思っていたら、廊下が慌ただしくなり、バタバタし始めた。なにごと?かなり放置されたのち、ナースが登場して「ごめんねー。重症の人が入ってきたの。だからうさこさんの手術はこの後で!」と言われ病室にリターン。えー!

 

で、スタッフの声にじーっと耳を澄ませていたら、どうやらナイフで刺された人が何人か運ばれて来たみたいなのですよね。こわー。そりゃ、その方が優先だわ。盲腸はモルヒネで抑えられるからまだ大丈夫だし。

 

そして夜の19時くらいに私の番が回ってきて、再びの手術室へ。手術室へ入って、昆虫の目みたいな丸いライト群を見たら「こえー」となり、「大丈夫だからね!すぐ終わるよ!」と声をかけてくれたナースの優しさに触れて、はい涙ちょちょ切れ(死語でめんご)。産後、ちょっとのことですぐ泣きます。

 

「麻酔しますよー」みたいな声が聞こえたかと思ったら、次に気がついたら暗い大きな部屋にぽつん!でしたわ。素で「え?ここは?どこ?」となっているところへ、ナースが登場して「起きたのね!手術終わったよ!気分はどう?」と声をかけられる。22時くらいか。

 

「あーはいー気分、、、そうですね。よくわからないです。ボーッとします。」と朦朧として答えたら、「お腹空いてるんじゃない?サンドイッチ食べる?」とサンドイッチを渡されそうになり、いやいやいや、なんでだよ?食べられないYO!と心の中で絶叫した。それよりも水、水をくれー。

 

サンドイッチをいらないって言ったら「本当に?お腹空いてないの?食べないの?」って何回も念を押されたのですけど、スウェーデン人は手術の後にサンドイッチを食べるのでしょうか?ナースのこの感じからすると食べてるんだろうなー。

 

そして翌朝。起きてトイレに行こうと体を起こしたら激痛。なにこれ?あ、お腹を切ったんだった!と思い出す。

 

目の前のトイレに行くのにも瀕死。それなのに、ナースが「どう気分は?お腹空いてるでしょ?朝ご飯ちゃんと食べてね!」と笑顔で去っていった。手術後でも患者が自力で食堂に行く国、それがスウェーデン。嗚呼素晴らしきスパルタカントリー。

そうですよね、自立が大事なんだもんね、と自分に言い聞かせて、腕から刺さった点滴を吊り下げる器具を杖代わりにして、亀の歩みで食堂へ。おしっこ袋をぶら下げたおじいさんとか、私の他にも点滴を引きづりながら食堂へ行く人多数。なかなかシュールな光景だった。

 

この時に私は「老後は日本」と強く決意しましたよね。お婆さんになって入院したとして、歩くのも困難なのに自力で食堂まで行かないといけない国なんて嫌だ。そして、やっとの思いでたどり着いた食堂で出てくるのは、電子レンジでチーン!っていう料理ばかり。もうやだー。お粥や味噌汁などあろうはずもありません。

 

ちなみに部屋は4人部屋で、私、おばあさん、おじいさん2人という構成。ベッドはカーテンで仕切られている。隣のおじいさんのイビキがすごくて、鼻を摘んでやろうかと思ったけど、痛くて動けず断念。痛くなかったら鼻つまむんかい!って話だけど。

 

金曜日に運ばれて土曜日に手術して、土日泊まって月曜日に退院だったのかな。3泊4日か。週末に子供達が1回お見舞いに来てくれたけど、まー大騒ぎで喧嘩が勃発して「早く帰ってくれないかな?」と思った。同室の人に迷惑だし。ブーブーさんがクマのぬいぐるみを置いていってくれたので、そのクマに話しかけたりしてやり過ごした。

 

退院の日は平日だったので非情なオタク君は仕事へ行き私は1人で退院。週末にオタク君が置いていってくれた着替えに着替えて帰り支度。

 

と、思ったら、コート、靴、セーターまでは良かったのだけど、パンツを入れてくれなかったから、下だけパジャマでしたわ。しかも赤い水玉のパジャマだからなかなか目立つ。病院の1階からタクシー乗り場までの我慢だったけど、あれで地下鉄は乗れないわ。

 

自宅に戻って、救急車で運ばれた夜にお世話になった、同じアパートのあの天使一家にお礼に行ったのだけど、頑なにお礼を受け取ってくれず、「ちびたん達は起きてこないし、ソファに座ってただけで私は何にもしてないから!」と言ってくれた。その後、隙を見てお礼第二弾を押し付けるように渡してきたけど、本当に優しいなぁと思った。今でも足を向けて眠れない。ま、寝てるけど、気持ち的に。

 

そして、病気(ていうか盲腸って病気?)になるまで、特に思わなかったけど、医療の仕事についている人を本当に尊いと思った。モルヒネの素晴らしさとか、夜中に働いている看護師さんとか(昼間の看護師さんももちろんだけど)、手術してくれたドクターとか、医療の勉強をしてくれて、そしてそれを仕事にしてくれてありがとうございますと心から思った。

 

ていうか手術のドクターとか、いくら仕事とはいえ、お腹を切るとか無理すぎる仕事でしょう。私だったら血を見たら卒倒しそうだ。それが連日なんて大変すぎるお仕事だ。

 

あと手術室のドクター、助手さん2人、合わせて3名がみんな女性だったのが「スウェーデン!」って感じだった。

 

ちなみに気になってしょうがなかった費用だけど、後日郵送で請求書が来た。

 

オペレーション代300クローナ。これは手術代だな。

2通目の請求書は「Vardagsavgift 300クローナ」と書かれていて、これは手術着とか食事とかタオルとかシーツとか、そういう細々とした費用なのかなと解釈した。ちなみに救急車代は請求されなかった。か、オペレーション代に込みなのかしら?これはよくわからない。

 

とりあえず健康っていうのは素晴らしいですね、ということを実感した出来事だった。

ていうか、箇条書きで書こうとしたのにとんでもなく長くなっている。

 

おわり