「罰は出るもの」
一般に「罰が当たる」などと言いますが、
今日会ったその方は、
「罰は“当たる”ものじゃない。“出る”ものだ」と言いました。
誰かが下すわけでも、天が裁くわけでもない。
罰は、外から飛んでくる雷ではなく、
内側から滲み出てくるものだ、と。
自分を偽った時間。
見ないふりをした違和感。
越えてはいけない一線を、
「今回は特別だ」と言い訳した瞬間…
それらはその場では何も起こさない。
むしろ、うまくいったように見えることさえある。
けれど、蓄積された歪みは、
ある日ふとした拍子に、形をもって“出る”。
・人が離れる。
・判断が鈍る。
・誇りが目減りする。
・眠りが浅くなる…
それが罰だ、と。
だから怖いのは、罰が当たることではない。
罰が出るほど、
自分に嘘をつき続けてしまうことなのだ、と。
その言葉を聞いて、私は少し背筋が伸びました。
罰を避けるためではなく、
罰が出ない生き方を、
今日も選べているかを問われた気がしたからです。
この思想、かなり重要なメッセージだと感じました。
来週、掘り下げていきますね。
すべては中小企業の「存続と成長と発展」のため!
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