人生の先輩というのは、ありがたいものです。

お叱りをいたただく場面でも我慢してくださる。

我慢に我慢を重ね、それでもお叱りにならない。

我が方に原因があるかもしれないと思案される。

それでもこちらがその気持ちに気づかない。

とうとうお話ししたいと、動かれる時間がやってくる。

気付かないこちらに、諭そうという心で触れてこられる。

こちらの心を拓かせよう、打ち解けさせようと腐心なさる。

あくまで物腰を低く、やわらかい声でささやかれる。

こちらは、そのことを察することができない。

その場で心を返すことができない。

包み込んでいただいているのに、小さな答えを返してしまう。

昔、どこかで聞いたことばを思い出しました。

「君よ、人間と人間の打ち合いの中にのみ、

自らの人格の昇華と、生涯勉学の問答があることを忘るるな」

そのことに気づいたとき、人生は、ようやくはじまるのかもしれません。

今日はそんな光景に立ち会いました。