事務所の向いの風景です。
「うどんやが好きだ」という知人と「めし屋がいい」という知人とで、
たまたま事務所の向かいの店についての談義になりました。
2人ともその店によく行くのだそうです。
そこでちょっとした口論になりました。
うどん好きの知人は
「あの店はめし屋の後にできたのだから、いまめし屋はないよ」といいました。
するとめし屋好きの知人は
「そんなことはない。俺はついこないだも行ったんだ。うどん屋の後にできたんだよ」と。
私はどちらの店にも行かないので、判別がつきませんでした。
目の前の風景なのに特定できなかったのです。
帰ってさっそく確かめました。なんとどちらの店もあるではありませんか。
めし屋好きにはうどん屋は記憶されない。
うどん屋好きにはめし屋は記憶されない。
行かない者には、どちらも記憶されない。
それが人間の記憶のいい加減さであり、都会の店舗の悲しい宿命でもあります。
変化があまりに速からでしょうか、人々の記憶に留まらない街、それが私の暮らす街。
東京で商売するって、本当に大変ですね。。。
