Arguing Affirmative Action
レクチャー1 私がなぜ不合格?
前回の講義では、種類が異なる二つの主張、道徳的な対価と、正当な期待に対する資格との間で、ロールズが引いた区別について議論した。ロールズは、分配の正義を、道徳的な対価の問題だと考えたり、その人間の美徳に従って、報いるものだと考えたりすることは、間違いだ、と論じた。今回は、道徳的な対価の問題と、それが分配の正義とで、どう関連するのかを、考えてみよう。収入や富との関連ではなく、就職の徹底や、入試の際の合否判定との関連について、考えてみたい。そのために、アファーマティブ・アクション=積極的差別是正措置を取り上げてみようと思う。みんな、シェリル・ホップ・ウッドの訴訟を読んだね?彼女は、テキサス大学のロー・スクールに入学願書を出した。シェリル・ホップ・ウッドは、裕福な家庭の出身ではなかったため、働きながら、高校を卒業、コミュニティ・カレッジを出て、カリフォルニア州立大学サクラメント校で学び、成績の平均は、5点満点中3.8という優秀なものだった。その後、テキサスに引っ越し、ロー・スクールへの適正試験を受けて、高得点を取り、テキサス大学ロー・スクールに願書を出した。結果は不合格だった。彼女が不合格となった当時、テキサス大学は、入学審査の方針として、アファーマティブ・アクションを採用しており、合否決定する際、人種や、民族的バック・グラウンドを考慮に入れていた。テキサス大学の主張は、こうだった。
テキサスの人口の4割を、アフリカ系や、メキシコ系のアメリカ人が占めている。ロー・スクールとしては、学生の多様性は重要なので、学業成績や、テストの得点だけで選抜するのではなく、人種や、民族的バック・グラウンドも含め、クラスの中に、さまざまな学生がいるように考慮している。
ホップ・ウッドが訴えたのは、その方針の結果、自分よりも学業成績や、テストの成績が劣る出願者が、テキサス大学ロー・スクールに入学を認められ、彼女自身は、不合格となったことだった。彼女は、自分が白人であるという理由だけで不合格になったと、主張した。もし自分が白人ではなく、マイノリティーであれば、あの成績なら、合格していたであろうと。そして実際に、裁判で入学データが明らかにされたところ、その年のアフリカ系アメリカ人とメキシコ系アメリカ人の出願者で、学業成績と、テストの点が同じだった者は、合格していたことが、判明した。この訴訟は、連邦裁判所に持ち込まれた。法律的なことはさておき、正義と道徳的という観点から、考えてみよう。これは、公正か、不公正か。シェリル・ホップ・ウッドには、告訴する権利があるのだろうか。ロー・スクールの方針により、彼女の権利は、侵害されたのだろうか。ロー・スクールを支持し、合否判定の際に、人種や民族を考慮するのは正しい、と思う人は、どれくらいいる?ホップ・ウッドを支持し、彼女の権利は侵害されたと思う人は? (教室を見渡して)ちょうど半分に意見がわかれたね。じゃぁ、ホップ・ウッドを支持する人の意見から、聞こうか。君。
この場合は、恣意的な要素に根拠が置かれています。白人であって、マイノリティでないということについて、彼女には何もできず、努力すれば結果を出せるテストとは違います。自分の人種を変えることはできないわけですから・・・(S) 結構。名前は?(T) ブリーです。(S) ブリー、ちょっと立っていてくれ。ブリーに対して、何か意見がある人は?君。
教育制度には、格差が存在しています。私が育ったニューヨークでは、多くの場合、マイノリティーが通う学校は、白人の学校に比べて、予算も少なく、設備も整っていないので、必然的に、マイノリティーと白人の間には、格差が生じます。マイノリティーがいい学校に入ったとしても、いい成績は取れないでしょう。何故なら、それまでの教育環境が劣悪で・・・(S) ああ、話の途中だが・・・君の名前は?(T) アニーシャです。(S) アニーシャ、君が言うのは、マイノリティーが、子供時代にかよった学校は、裕福な家庭の子が通った学校と同等の教育の機会を提供していない場合がある、ということだね?(T) はい。(S) だから、彼らがテストで取った点は、潜在能力を正確には示していないかもしれない。というわけだね?(T) もっと予算のある学校で、いい教育を受けていれば、才能が開花していたかもしれません。(S) アニーシャが言うのは、大学が、学問と言う点からみて、最も伸びる見込みがあるものを選ぶのは当然だが、学業成績や、入試の点を審査する際、背景にある、教育を受ける不利な条件を、考慮に入いれて、合否を判定するべきだ、ということだね?(T) はい。(S)
あくまで私的なメモです。ご参考に止めてください。