心身統一法は修行にあらず
「心身統一法の目的は、
『人間の生命に賦与された本然の力の完全発揮』」であるが、
この方法を修行として行ったのでは 第二義的となる。
では、第一義的とは何かというと、
それは講習や書籍、あるいは行修を通して教える各種の方法を、
日常行事として行うことである。
すなわち、特別な機会に、
特別な気持ちで行うなどと錯覚してはいけない。
だから、一人一人の日常生活のそれ自体が、
その人にとっての心身統一法そのものでなければならない。」
― 中村天風 ― 思想家
1876年7月20日 ‐ 1968年12月1日
中村天風の言葉には、
いつも「修行を特別扱いするな」という一貫した思想があります。
今回の言葉も、単なる健康法や精神論ではなく、
「生き方そのもの」の話をしています。
分解すると、いくつかの重要な層が見えてきます。
① 「本然の力の完全発揮」とは何か
天風は、心身統一法の目的を、
「人間の生命に賦与された本然の力の完全発揮」と言っています。
つまり、「新しい能力を外から付け足す」のではなく、
本来持っている力、生まれながら備わっている生命力、
判断力、活力、誠実さ、創造力、回復力…
これらを、“曇らせずに出し切る”ことに視点をおけと言っています。
ここが絶対的に重要です。多くの人は、
・成功法則を学べば強くなれる
・テクニックを知れば変われる
・ノウハウが増えれば成長する…と思っています。
しかし天風は逆です。
「力は、もうある。問題は、それを阻害している日常にある」
と言っているのです。目から鱗ではありませんか。
そして、これは経営でも同じです。
会社が伸びない原因は、「能力不足」よりも、
不安、恐れ、自己中心、怒り、焦燥、慢心、思考停止…によって、
本来の力が封じ込められていることが多いのです。
だから経営とは、能力開発以前に、
自身の心の“詰まりを取る作業”でもあるわけです。
② 「修行として行ったのでは第二義的」
ここが天風哲学の核心です。
普通、人は、セミナーに行く、本を読む、座禅を組む、
瞑想する、学びの場に行く…と、「成長した気」になります。
しかし天風は、「それだけでは二流だ」と言い切ります。
なぜか。本当に問われるのは、朝、家族にどう接するか、
店員にどう話すか、苦手な社員にどう向き合うか、
疲れた時にどんな言葉を吐くか、失敗時にどう態度を保つか…だからです。
つまり人格とは、“特別な場”ではなく、“無意識の日常”に現れるのです。
経営者にも同じことが言えます。
経営方針発表会では立派なことを言う。
しかし、社員がミスした瞬間、資金繰りが悪化した瞬間、
思い通りにならない瞬間、そこに、その人の「本当」が出る…
だから天風は、修行をイベント化するな、と言っているのです。
③ 「日常生活それ自体が心身統一法」
これは極めて深い言葉です。
つまり、食事、会話、歩き方、電話、メール、表情、呼吸、
姿勢、思考、睡眠、仕事…その全部が修養の場だと言っている。
ここまで来ると、「オン」と「オフ」が消えます。
たとえば一流の経営者には、普段の返事が丁寧、小さな約束を守る、
廊下の歩き方に乱れがない、人によって態度を変えない、
疲れていても空気を荒らさない…という共通点があります。
これは、“特別な時だけ立派”なのではなく、
日常そのものが鍛錬になっているからです。
逆に言えば、「忙しいから荒れる」
という状態は、まだ人生と修養が分離しているのです。
いかがですか。深すぎますね。
この思想、また一週間かけて掘り下げていきましょう!
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― 経営マインド 350 ―
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