テレビに出る知識人やコメンテーターが
日本人は震災の前と震災の後と大きく変わったと発言するのを何度か耳にする
新聞や雑誌のコラムにも同じようなコメントが目に付く
本当にそうだろうか
震災の悲惨な映像をテレビで見るたびに
原発の収拾のめどのつかないニュースを見るたびに
憂鬱になる人は間違いなく多いと思うが
人間、そんなに簡単に大きく変われるものではないような気もする
ましてや、東北以外の場所に住んでいて
震災前とあまり大きく変わらない日常を送っている人にとってはどうだろうか
もちろん、関東では原発の放射能や計画停電など
震災前の日常と大きく変わってしまった現実はあるが
それでも、原発や停電が落ち着いてくると、いつもの日常が戻ってくる
やり場のない不安や不満や憤りは増えていきそうだが
コペルニクス的転回のような変わり方をしたみたいなことを
言われると、えー本当にそうかなと思ってしまう
ただ、一つだけ確実に言えることは
日本人ほぼ全員が深く考えさせられるショッキングな事象で
かつ原発の問題は今も不安げに続いているという事実がそこにあり
街中や電車の中で震災や原発について語っている人らを多く見かけ
斯く言う自分も会社の同僚や取引先での会話には必ず震災と原発の話題に触れる
そうか、そういう意味では大きく変わってしまったのかと勝手に思い直しつつ
人間として根源的に変わったかどうかは、人それぞれタイムラグがあったり
変わる内容も大ききも違うのだろう
つい先日、サンデル教授の特別番組を見た
アメリカと中国と日本をネットワークで結んで
今回の大震災を受けて様々なテーマで議論をするという内容だった
原発の問題では
家族のことを考えて家族と一緒にいることを選択するか
日本のために原発の事故処理に向かうか
どちらを選択しますかという質問があった
自分に突きつけられると一瞬答えを逡巡してしまう
戦時中、特攻隊として死を覚悟して敵艦に突っ込んで行った若い人らは
どんな想いだったのだろうか
つい、そんなことを考えてしまう
日本のため「天皇陛下ばんざーい」と突っ込んで行ったという話しはよく聞くが
実は、最後は「おかあさーん」と叫んで突っ込んだという話も聞いたことがある
極限状態では身近な家族への想いが大きくなると思うし
日本のためには死ねないが家族のためだったら死ねると
考えた人もたくさんいたのではないだろうか
サンデル教授は今後原発が必要か必要でないかも質問した
こんな危険なものなんかいらないし、みんないらないと答えるだろうなと
思ってみていたら
なんと、アメリカの出演者全員が、そして日本の出演者半数が原発が必要だと答えていた
でも
必要だと答えていた人達の意見は
僕の中では全くふに落ちないものばかりだった
ふに落ちない僕も、原発継続の意見の人達も含めて
世界はいろんな考え方の人間達の集合体なのだと改めて思った
だから、みんなの選挙で選ばれた政治家が多数決で物事を決めていく
民主主義が必要なのだと
当たり前のことを当たり前だが思い出す
たった今も、区議会議員の候補者が宣伝カーで耳障りのいい政策を
スピーカーから響かせて通り過ぎていった