群雄割拠の乱れた大陸を統一し、後漢王朝を開いた劉秀(光武帝)を、中国史上最高の名君と称える人は多い。宮城谷昌光の最新長篇は、その劉秀に仕えて、彼の偉業を助けた武将・呉漢の生涯を描いた大作である。
貧家に生まれた呉漢は、南陽郡宛県の城壁の外にある、彭家の農場で働いていた。己の殻に閉じこもり、地べたと向き合って日々を過ごしている呉漢。しかし彼は、他人の言葉を心に留め、時間をかけても理解する力を持っていた。彭家と縁のある潘臨に、その資質を認められた呉漢は、農場長を補佐する副手となる。また、出稼ぎ先で、郵解や祇登という人物とも知り合う。特に学識豊かな祇登を、呉漢は人生の師として厚く遇するようになる。
漢王朝が倒れ、王莽による新王朝が開かれた時代の流れの中、新野県の県宰となった潘臨は、呉漢を亭長に抜擢する。誠実に亭長を務めていた呉漢だが、祇登の仇討ち騒ぎに巻き込まれ、せっかくの職を捨てて、放浪の身となる。しかしそんな彼を慕って、次々と男たちが集まってきた。そして新王朝が倒れ、動乱の時代となると、頭角を現した劉秀に仕えた呉漢は、武将の才能を開花させていく。
貧しい農民であった呉漢が、なぜ名君の劉秀から、もっとも信頼される武将になれたのか。作者が作り上げた呉漢のキャラクターを見れば、納得できるだろう。彼は常に、他人の言葉と真摯に向き合う。自分が好意を覚えた人だけではない。憎しみをぶつけてくる人の言葉も、きちんと受け止め、己の糧にするのである。また、理解できない言葉があっても、心に留め置き、ゆっくりと血肉にしていくのだ。
さらに農民として生きてきたことで、自然の力の大きさを知り“農業は合理ではできず、不合理をうけいれて昇華する心力をもたねばならない"と思っている。以上の資質を熟成させたことで呉漢は、優れた人間洞察力と、戦の呼吸を会得できたのだ。