2026/08/25 たたかう、ということ | 今年還暦、スゴい須永の今日から美婆トレ

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2026/08/25


💠たたかう、ということ💠

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『たたかう』にはいくつかの漢字が使われる。

『戦』という時が一番使われるように思う。
『戦う』と書いて『たたかう』と読む。

スマホの候補を挙げれば、次には『闘う』『斗う』と続く。

何やら同じ『たたかう』でも『戦』の文字には、殺し合いのイメージがあって『戦争はいけない』と思われるのに、『闘』を見ると『闘志』『闘魂』『奮闘』など、困難を乗り越え、人殺しとは異なる目的を達成するイメージが浮かぶ。

己れの怠け心に負けるな、みたいな。

けれど一方には、こんな単語がある。

『闘犬』
『闘鶏』
『闘牛』

犬と犬、鶏と鶏、牛と牛が闘うと書くけど、その実は殺し合いをさせることだし、そこには勝敗を使った賭け事も付いている。

幸せになるために生まれて来たのに、殺し合いの練習をさせられ、大勢の見ている前で何の恨みもない相手と殺し合いをさせられる犬たち、鶏たち、そして牛たち。

娯楽がないというのなら、自分の体を使えよ、動物たちを使うなと思う。

一生懸命育ててかわいがって、宝のように大事にして来たのではないのか。

それを目の前で殺されて平気なのか。

こんな私のような考えは『甘い』だけだろうか。

娯楽などではない、他に稼ぐ仕事がないと言い切るのだろうか。

『闘い』の場に至る過程には、殺し合いに負けないための練習がある。

殺されるための『餌』となる動物もいると聞く。

どこまで残酷なのか。

逃げることのできない中で、殺されるまで苦しまなければならない役。

やめてくれ。

話すことのできない動物たちを苦しめるのをやめてくれ。

その殺し合いは必要なのか。

その屠殺は必要なのか。

その狩猟は必要なのか。

命を道具にしないでほしい。

ありがとうございました❣️

今日の美婆トレ❤️ 戦争とは大量殺人

今日もワクワク絶好調❣️

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