2026/06/17 小さな反乱 | 今年還暦、スゴい須永の今日から美婆トレ

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人生120歳の時代、どこまで豊かに美しく生きていけるか、日々感じ、学んだことをお伝えすることでシェアし、ともに幸せな道を進みたいと思います。

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2026/06/17


💠小さな反乱💠

感謝しています❣️

今日もご訪問ありがとうございます❣️

自分が高校生の時だから、妹は中学生。

ある朝、高校生の私は何かつまらないことで母親をなじったと思われる。

クソ真面目な性格は、自分にも他人にも言ったことは守る、守らなければならない、守ることを強要してはばからない、みたいなところがあった。

母親が軽い気持ちで言ったことを朝になったら実行されていなかったのかどうか、親に向かって私はひどい言葉を投げつけたようだった。

具体的なセリフは覚えていない。

母親に何か捨て台詞を吐いて登校しようとする私を父親が殴った。
初めてのことだった。

痛みとか悲しさがないわけではなかったが、そんな状況でもクソ真面目な性格が優先する私は、やはり母親への不満以外、何事もなかったように登校した。

なぜか自分のしたことも父親のしたことも記憶はあってもどうでもいいこととして処理されていた。

その日帰宅して夕飯の前あたりだろうか。

玄関の呼び鈴が鳴って父親の帰宅を告げた時。

中学生の妹が、すりこぎ棒を持って玄関に走って行った。

ドアを開けて中に入ろうとする父親を入れまいとしながら、妹は言った。

『暴力反対‼️』

手に持ったすりこぎ棒を掲げるようにして、妹は父親が開けたドアの隙間を自分の体でふさぐようにしながら言った。

瞬間、それが今朝の長女への暴力とわかった父親は『わかった、わかった』と頭を下げながら玄関に入って来た。

妹は何度も頭を下げる父親を見て、持っていたすりこぎ棒を下ろした。

その後の展開は忘れてしまったけれど、妹の行動が朝の我が家に起きたことへの彼女なりの結論、私へのエールであり父親への抵抗を示すものだったのに、私は妹に『ありがとう』の一言も言わなかったと思う。

けれど妹のしたことは、どこで覚えたのか、自分で考えたのか、妹なりに姉を父親から守ろうとしたアクションだったと五十年も経ってから思っている。

どんなに小さくても、子どもでも、不当なことや不平等なことを知った時、思うことがあるだろう。

そして、それを言動に表すことができる。

ただし、そこに表現の自由があれば。

今、言論の自由も人権も、何もかもが失くされようとしている今、中学生だった妹のしたことを昔語りにしてはいけない、と思う。

ありがとうございました❣️

今日の美婆トレ❤️ 願いは一つ、戦争反対

今日もワクワク絶好調❣️

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