2025/06/30 踊り子 その1 | 今年還暦、スゴい須永の今日から美婆トレ

今年還暦、スゴい須永の今日から美婆トレ

人生120歳の時代、どこまで豊かに美しく生きていけるか、日々感じ、学んだことをお伝えすることでシェアし、ともに幸せな道を進みたいと思います。

❤️スゴい須永の今日から美婆トレ❤️


 2025/06/30

💠 踊り子💠その1

感謝しています❣️

今日もご訪問ありがとうございます❣️

踊り子というのは、ストリップショーのストリッパーのこと。

今でも、ストリップショーがあるとは思っていなかった。

けれど、ある日、新聞記事でその存在を知った。
記事の題名は『裸の踊り子』。

記事には、きらびやかな衣装をつけたその踊り子が、衣装とおそろいの薄い布を両手で広げ微笑んでいる写真が添えられていた。

衣装といっても、それはビキニスタイルのブラとショーツ、それもギリギリ隠し所と言われる部分をかろうじて覆っているだけのもの。

記事によれば、ここからが踊り子の本番らしく、最後は一糸まとわぬ姿で光の中に退場とのことだった。

踊り子にならないかと誘われた彼女は、そのストリップの舞台を見て強烈な解放感を覚えたと言う。

『やってみたい』と思えるものに出会えたと思った彼女は、やがて踊り子になる。

『裸になれば、自分を取り繕わなくていい。舞台は、私が生きていることを感じられる場所だった』

彼女にとっての『踊り』は音楽に合わせて『舞う』こと、そして食べていくための仕事という以上に、その一幕一幕が彼女の人生をかけた表現であるらしかった。

彼女と同じような踊り子、つまり『裸になって踊る』ことを職業以上のものとして捉えている踊り子は他にもいるらしく、女性ファンもいるという。
そんな女性ファンたちは踊り子たちに渡す花束を持って来場し、感動の面持ちでその舞台を見入っているようで、自らも望んで踊り子になったりすることもあるという。

もちろん、そこには男性客の姿もある。

けれど、記事を読むと、踊り子を見つめる彼らからは助平心というよりは、生きることに真剣に向き合い、自分に真っ直ぐに生きている人間の厳しさのようなものが感じられた。

演じる踊り子も真剣、見る側も真剣。

だから見終わった時に『感動』とか『号泣』ということがあるのだろうと思った。

その記事を書いたライターは、初めて見た『裸の踊り子』牧瀬茜さんの舞台が終わった時、号泣したと書かれていた。

ありがとうございました❣️

今日の美婆トレ❤️ 選挙に行こう、投票しよう

今日もワクワク絶好調❣️

  💠あなたに後押し💠須永商会💠