2025/05/25 目を閉じること | 今年還暦、スゴい須永の今日から美婆トレ

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 2025/05/25

💠目を閉じること💠

感謝しています❣️

今日もご訪問ありがとうございます❣️

処方された目薬が無くなったので、眼科に行った。

3月以来3度目。行くたび、ひと月分の目薬をもらっている勘定になる。

確かに初回の目薬が無くなる頃には、見え方が安定してきていた。
手元用の近々メガネは座って何かをする時、たとえば読書その他に活躍したし、立って何かをする時には長く世話になっているメガネで用が足りた。

ところが2度目の処方からひと月近く経った頃、何だか目の痛みを感じるようになっていた。

なんでかなー、と思いながら、目薬が無くなるまでは様子を見ようと思っていた。

ある日。

いつものように本を読んでいた。

図書館には同じ題名の本でも、文字を読む力の弱い人間のために大きな文字で印刷された大活字の本がある。




あっという間に読み終わってしまうので『読んだぞー』みたいな読後感は弱いけれど、目に優しいことがよくわかる。

この頃、やはり持ち重りのする長編の読み応えにあらがえず、何冊か続けて分厚い本を読んでいた。

大活字の本を読む倍以上の時間がかかる。
確かに文字の大きさが歴然としてちがう。




けれど、本には装丁というものがあり、その装丁から想像される物語の余韻があり、いくらかはその物語の中に分け入って行くぞ、という覚悟のようなものもありながらページを開く。

そんな思いもありながら、毎回分厚い物語の本を何冊も借りては読んでいた。

しかも、読むほどに物語の中に入り込んでしまって、ついつい瞬きするのも忘れているのだろう。

そうでなくても涙の量が喝渇なのに、瞬きもしないでいては目玉は干上がって行く。

目玉の表面の傷の治る間がない。

私の目玉には、そうやって傷をつけては治り、傷をつけては治りした跡がたくさんあるらしい。

眼科医は言う。

『目を閉じる時間を増やしましょう』

点眼の後の5分間、バスの中、電車の中、トイレの中、風呂の中、ひとりで食事をする時、電話の会話の時、などなど、思いついた時には目を閉じるようにしているのだが…。

本を読んで何かになるわけではない。
本を読むのが好きだから読んでいる。
好きなことして暮らしたい、いろいろあれど、いつでもどこでもお金をかけずにできる楽しみ、それが私にとっての読書だから。

大活字の本と、普通の本を借りてきて、両方を並行して読む、というのが最近のマイブーム。

次回の眼科受診は目薬の無くなる6月下旬。

目薬の点眼、目を閉じること、目を温めること、やれることをやるのみ。

そうそう、読書以上に悪いのは、スマホの操作にちがいない。
何しろ発光体を見ているわけだから。

ブログの更新もまた、ドライアイの進行を促進しているにちがいない。

ありがとうございました❣️

今日の美婆トレ❤️ガンは治る

今日もワクワク絶好調❣️

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