2024/12/14 愛されたこと、楽しかったこと  水着 | 今年還暦、スゴい須永の今日から美婆トレ

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2024/12/14

💠愛されたこと、楽しかったこと💠水着

感謝しています❣️

今日もご訪問ありがとうございます❣️

その女の子には、知的な障害があったらしく、母親の深い愛情を受けながら自宅で幼少期を過ごしていた。

体の発達は年齢に応じたものであったらしいが、知的な面は4歳程度だったかもしれない。

その女の子は人の話していることはなんとなく理解できていても、自分の思いを言葉を使って伝えること、話すことはうまくできていなかった。

女の子の知能が4歳程度であっても、話すこともできなくても、母親は一つひとつ、根気強く、女の子のためにさまざまなことを教えたし、経験させていた。

ある時、女の子が6歳くらいだったろうか。

いきなり水着に着替えると、浮き輪を持って何かダダをこねているように床の上で足踏みしながら声をあげている。

母親は、少し前に女の子を連れて行ったプールのことが頭に浮かんだ。

女の子にはプールで遊んだことが、とても気に入ったようだったから、また行きたい、というアピールなのだろう。

私はこの記事を読んだ時、女の子の知的なものが何歳のものであろうと、女の子には母親の愛情を受け止める能力がしっかり備わっているし、楽しかった記憶を忘れず胸の内に収めることもできている、と思った。

前日の犬といっしょにしては申し訳ない、と思いつつも、人間であっても動物であっても、深く愛されたことや楽しい思いは変わらないし、その思いは消えることがない、と思った。

話すこともできず、知的な能力も実年齢に及ばなくても、愛されたことや楽しかったことは魂が覚えているのだろう。

そして、その楽しかったことを再現したい思いが生まれるのだろう。

女の子はもう一度プールに行きたい、ということを水着に着替え、浮き輪を持つことで母親に示した。

言葉を話せない女の子は、自分なりの精一杯の思いを水着と浮き輪という物に託して相手に伝えようとした。

被災犬として保護れた犬が、新しい飼い主のもとで落ち着いた頃、かつての飼い主と遊んだことがよみがえったのだろう。

彼は新しい飼い主の足元に小枝を置くと、数十メートル先まで走って行き、さあ、ここまでその小枝を放ってください、というように飼い主を見たのだった。

人間の言葉を話せなくても、愛された記憶、楽しかった記憶はものを使って何かを伝えようとする思いを叶える、と思った。

言葉なんていらないじゃん、って思ってしまう。

思いさえあれば、なんとかなるのでは、と思ってしまう。

言葉を尽くしても伝わらない場面もあるのは、もどかしいが、それはそこに互いを思いやるものがないからだろう。

私はやはり、小学校低学年の教師なのかもしれない。

生き物であってもなくても、相手を思いやる気持ちを持ち、話しかけることがあれば、相手は応えてくれる、と思っている。

気持ち、思い、それらは目には見えない。

けれど、同じように目には見えない相手の気持ちや思いに働きかける力を持っている。

目には見えない物、でも私たちは、その見えないものを信じているし、時に確かにそれらを感じながら生きている。

ありがとうございました❣️

今日の美婆トレ❤️思いは伝わる

今日もワクワク絶好調❣️

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