騙し絵に見る、個別の存在の在り方 | 永遠のホリデー(^O^)/

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こういった騙し絵を観ていて思うのは
「それぞれが無自覚なまま、まったく違う風景の一部となっている様子」こそが、きっと我々そのものなんだろうなという事です。

より広義においても、狭義においても…

「含み、含まれる関係性」というのは
どこまでも続く無限の入れ子構造….
マトリョーシカのように。

影響力は自分だけに留まるものではなく、すべてに繋がっていくものだからね♪

一部であることが下でも、全体図であることが上でもない。
両者とも、それに無自覚なのだから。

だからこそ「そのままの自分自身であること」が重要♪

自分の感情や感性を素直に認め
受け入れ、味わい、楽しむほど…
より自然でしなやかな「合い仕合い」の関係性が育まれていくから☆

そうやって、あるがままを楽しむだけで
自分により合うものを含み
自分がより合うものに含まれるようになっていく…

私は今、どんな絵の一部で
どんな絵の全体図なんだろ?
゚+。(o・ω-人)・.。