HEβ通りまで、行くことができたのは、もはや導かれた
としか思えない。
途中、地図をニラメッコしている僕に、大柄なドイツ人が
声をかけてくれて、方向を教えてくれた。
こういう些細な親切は、意外とこのように10年くらい経ても
忘れないものだ。
日本で何度か手紙を書いた住所だったが、どうやら寮のような
構えの建物だった。入り方すらわからなかったし、
ドイツ語をしゃべれないから、他の住人が来ても説明できるかな?
と、ふと門へ視線を向けると、ノリコさん登場!
なんだか、まるで約束したかのように、再会することができた。
スペインのセビリアでお会いして以来だった。
その後、日本に戻った僕は、ミュンヘンに住むノリコさんと
文通をしていた。当時はメールもなかった。
しかも、エジプトとギリシャから書いたノリコさんへの手紙は
一通も届いていなかったとのことだった。
それにしても、ノリコさんの驚かないブリは凄い。
突然やって来た、一度スペインで会っただけの青年。
暖かいどくだみ茶をすすりつつ、僕のこれまでの旅を話した。
そして、共通の友人であるヤスパーの話しになると、
彼の家に電話をすることになり、5分もしないうちに、彼の家に
泊めてもらうことが決まっていた。
指定された待ち合わせ場所に、荷台着きの自転車でヤスパー
はやって来た。雪の残る街の夜に。