翌日、サリナとデルフィに訪れた。

遺跡としては、見ごたえのあるものだった。

彼女は、人懐っこいタイプで、どこに行っても気軽に

地元の人に話しかけていたな。

その後、彼女はギリシャを北上して行った。


それから、アテネではデンマーク人の夫妻と意気投合したり

したものの、なんとなく人恋しくなり、

思いつきでドイツに行くことにした。

(記憶のなかのタイ⑤と長い旅のデンマーク軍キャンプで登場する)

ヤスパーというデンマーク人と、ノリコさんとが住むミュンヘンに!

旅行会社であたりをつけた上で、直接空港へ行った。

ただし、その二人のどちらにも連絡したわけではなかった。


東ターミナルでは、直接航空券を買うことができず、旅行会社の

カウンターで、ギリシャ美人から買った。

日本人が一人も乗っていないアポロという航空会社は、一度

アルバニアの首都ティラナ経由した。

アルバニアで交代したCAさんたちは皆、美人だったのを憶えている。

ミュンヘンには午後4時ごろ到着した。

当時の僕は、とても楽観的な無計画バックパッカーだった。

例えるなら、成田空港に到着してから、日比谷がどこかもわからず、

コリドー通り沿いのビルに行こうとしているようなものだった。

とにかく、ミュンヘンに到着したのだった。

まずは、当時のドイツ通貨マルクへと両替した。