デリーに戻ってからは、ANOOPという宿で心地よく過ごした。
この宿は、僕のなかでは、かなり好きなアジアの安宿である。
そこで出会った、フランス人青年ミシエルや、多くの外国人、
そのなかには、ミシエルと一晩をともにした日本人のようなルックスの
カザフスタン人女性もいた。僕に言わせれば、魔女のようで、全然きれいじゃ
なかったけれど。
近くのゴールデン・カフェには結構通った。
(ゴールデン・カフェというインド風中華料理メインのお店。
ステーキやビールもあり。ヒンドゥーでは、あんまりアルコールは飲まない。)
そこで何人かの日本人とも知り合った。
ゴールデン・カフェで働くインド人の青年も、愛嬌があった。
いや、もしかしたら彼はネパール人だったかもしれない。
メインバザールの喧騒は、ちょうどよい感じ。牛がのろのろと
闊歩する姿には見慣れた。
ラッシーもたくさん飲んだし、お土産にサリー用の布も買った。
(僕は、海外でその土地の布を買う趣味があった。
最近は、あんまり買っていないけど)
太鼓なんかも100ルピーでかった。時間があったので、数日かけて値切った。
デリーの観光名所も行ったが、忘れた。そんなものだ。
憶えているのは、些細なことばかり。
でも、デリー滞在は楽しかった。
※結局、僕はどこにいっても、人生観が変わることもなかった。
何度も書いているが、正直インドにはかなり期待していた。
ガツンとカルチャーショックでもいいし、何かを望んでいた。
とても、とても直視するに耐えない、無残な姿の乞食も目にした。
気の弱い方だったら、卒倒してしまうかもしれない。
でも、それは目に見えるものだけだ。
目に見えない心が、無残な人間もたくさんいる。
しあわせ論を語るつもりもない。
インドを語るつもりは毛頭なかったので、今回はタイトルに
インドと敢えて入れなかった。
ダライ・ラマ法王は、他者のしあわせが、自分のしあわせに
結びつくというようなことや、未来への不安に対しては、人類の
英知は、必ずやよい方へ進んでゆくだらうなどと、仰っていた。
わかりやすい。
もちろん、テレビなどのメデイアで見たり聞いたりしたもの。
(有名な「セブン・イヤーズ・イン・チベット」は、法王の幼少期が
よくわかる。そーいえば、アイルランド系のリチャード・ギアは、
熱心な法王の信者である。)
僕は、偉大なる指導者には興味がある。