私の自己紹介の代わりになる記事はこちら

 

 

 

猫は何の役にも立たない。しかし愛される。

 

※前篇からの続きです。→前篇こちらか

 

 


そしてようやく猫の話です。私は幼児の頃から猫が大好きで、ずっと猫を飼ってきました。

 

 

なぜ私は猫が好きなのか、はっきりとはわかりません。しかし他の動物とは比較にならないくらい、猫だけは特別な親しみを感じます。それは「いるだけで嬉しい」感じ、「見るだけで嬉しい」感じです。

 

 

何の役にも立たないし、自分に得をもたらすわけでもなく、何かを返してくれるわけでもないのに、それでも私にとって大きな価値を感じるのだと思います。それはおそらく「情緒的な価値」なんだと思います。

 

写真はかつて飼っていたミオ

 


猫も、実はかつて絹を作るための養蚕業では、大事な蚕(かいこ)をねずみ被害から守る役として活躍していた時期があったらしいです。

 

 

そのため猫を祀る神社もあるらしいです。しかし、いまの大勢は、猫には実用性はない、役にたたない、便利じゃない。言うことを聞かない。自分勝手。というのがだいたいの猫の評価であり、同じく身近な動物である犬や馬とはだいぶ違う見方かと思います。


おそらく猫は、人間にとっての「機能的価値」がとても低く、しかし「情緒的価値」がきわめて高い、偏った存在なのではないでしょうか。

 

 

そして、その価値とは「癒し」や「やすらぎ」「リラックス」「自由さが気持ちいい」などのように私は感じます。だから、実用性などを期待せず、いるだけで嬉しい存在。という大きな価値があるように思います。




目には見えない、数字にはできない価値こそが大事な時代かも。

 


私は、今の時代こそ「役に立つ価値」とは違う、数字では測りにくい「癒す価値」「リラックス」こそ、とても重要なことに思います。

 

 

ただボーっとしていることにも価値はあり、何もしていない時間にも価値があると感じます。これは世の中が効率的にスピードが速くなればなるほど逆に重要さも増していくように感じます。




何の役にも立たないけど、そばにいると嬉しい。を作ってみたい。

 


私は猫のフィギュアをハンドメイドで作っています。手で作ることが大好きで。猫が好きだからです。

 

 

このネコ。ホントに何の役にも立ちません。アクセサリーには大きいし、小物入れになるわけでもありません。玄関のインテリアには小さすぎです。

 

 

しかし、見ていると、なんかその瞬間ほっとします。触っても気持ちいいです。そして目が合います。これはたぶん、自分にとって何かの価値が出ているのだと思います。

 

 


それはたぶん「癒し」に近いものだと思います。

 

 

そして、私は思いました。きっと世界のどこかには私と同じように感じる人もいるのではないかと。

 

 

「何の役にも立たないのに、そばにいると嬉しい。」という「癒しに近い価値」があるとすれば、この猫の置物、フィギュア?で、それを表現し、他の方にも、見て、感じていただければと思い、この猫作りをしています。

 

これが私が猫造形を続けているただ1つの理由です。

 


とは言うものの、なんか偉そうな事を言っていますが、今お話ししたことは、作った後から「自分はいったい何を作っているのかな?」と考えていったら、少しづつ気づいてきたことです。だから本当は考えがあって作ったよりも、作りたくて作った後に気づいてきたコトです。


そして、この私の造形をより多くの方に見ていただきたいと考えて、その発表の場としてギャラリーサイトを作っています。もしよろしければ、この「何の役にも立たない猫フィギュア」のギャラリーサイトに遊びに来ていただけたらとても嬉しいです。

 

 

●「benida」猫アート。ギャラリーサイト

https://benieda.com






またさらに万が一、ご興味を感じていただけたらな、Creemaとminne、2つのハンドメイドマーケットで販売もしてはいるので、ぜひ、何の役にも立たない猫を、デスクに置いてみてください。

 

 

●ハンドメイドマーケット Creemaの「ベニエダ」ページ

https://www.creema.jp/c/benieda_c/item/onsale



●ハンドメイドマーケット minne の「ベニエダ」ページ

https://minne.com/@benieda

 

 

 


長い事お付き合いいただき、本当にありがとうございます。今後も、良い猫を作れるように努力していきます。