★宮城-松島★ 日本三景の1つ 観光中~
ここで、全ての日本三景!完全制覇しました!!
江戸時代前期の儒学者・林春斎が、松島、天橋立、宮島、「日本三景」と書き記した
松島丘陵の東端が海にまで達し、それが沈水して出来たリアス式海岸が
さらに進んだ沈降地形で、溺れ谷に海水が入り込み山頂が島として残っている。
さらに進んだ沈降地形で、溺れ谷に海水が入り込み山頂が島として残っている。
松島の月は、14世紀には中国にも知られるほど著名で、
元代の薩都拉が著書『雁門集』において「雄島煙波松島月」と記している。
★瑞巌寺★(ずいがんじ)
平安時代の延福寺については、南北朝時代か室町時代初期の成立と思われる
境内には、「臥龍梅」と呼ばれる紅白二本の梅の木があり、伊達政宗の手植えと伝えられている。
江戸時代に入り、松島を含む仙台藩を領した伊達政宗は禅僧虎哉宗乙の勧めで、円福寺復興を思い立ち、慶長9年(1604年)から14年(1609年)までの工事で完成させた。
★岩手-平泉の中尊寺 金色堂★ 観光~
平安時代の浄土教建築の代表例であり、当代の技術を集めたものとして国宝に指定。
奥州藤原氏 初代藤原清衡が、天治元年(1124年)に建立したもの
金色堂の須弥壇内には、藤原清衡、基衡、秀衡のミイラ化した遺体と
泰衡の首級が納められている。
「中央壇」「左壇」「右壇」の3つの須弥壇があり、各壇に1体ずつの遺体を安置する。
東を正面として建つ、方三間(正面、側面共に柱間が3間)、
平面の1辺が5.5メートルの小型の仏堂である。
松尾芭蕉が、お出迎え~
金色堂までの道中も、いろいろありました
上からの景色は最高です!!
消防魂が!!!
金色堂は、室内に保管されてました
こんなメンバーで、旅をしました~ 皆でバスで飲んだり、わいわい!
温泉行ったり、散歩したり~ 肉食べに行ったり、最高でした!