人間というはつまるところが承認欲求を満たされたい生き物だと思うのです。
毒親問題、ストーカー、引きこもり。
いずれも認めて欲しかったのに認めてもらえなかったという叫びないし絶望だと思います。
そして、その承認は、身近な人ほど大きな力になる。
親なら100、友達なら50.会社の同僚なら1というように。
大好きな岸田秀さんの嫉妬の時代では、嫉妬が騒動の源のようにありましたが、これも承認欲求の相対化版ですね。
承認欲求は人との比較で生まれてくるものとも思うので(例えば全員体罰を受けていたら、その事で愛がないとは思わない、かもしれない。もちろん絶対的なものもあると思います)、嫉妬は承認欲求の原因でもあるかも。
そして嫉妬の契機になるのは情報。
格差の拡大が問題にされていますが、情報の流通によって今まで虐げられてきた層が反発の狼煙を上げるのは間違いないでしょう。
それでも反発したからとて逆転できるような格差ではないと思うので、分布で言うなら裾野を左右に拡大しつつ、中央値は戦国時代のように入れ替わったりするのかな。
なんにしても相当な人口のいる国々が台頭してくるのは間違いないでしょうね