Gardianinho~polisherman diary~ -35ページ目

Gardianinho~polisherman diary~

サッカー・長万部・モノ


二日目午後はクラスター単位での校内散策がある。チューターの先生に学校の施設について案内してもらうのだ。

散策が終了し、再びラウンジ集合。ここで初めて、自己紹介タイムとなる。まあ言うのは出身とか高校時代何やってたとか趣味とかそこら辺。この自己紹介である程度クラスターでの立ち位置は決まる。趣味とか共通点があると仲良くなりやすいしね。

さてその自己紹介だが、個人的に言うと初めて理科大らしさを知るとこになった気がする。当然理科大のオタッキーなイメージだと趣味は当然ゲームとなる。東方?やらFPS?やらの言葉が飛び交ってそれ面白いよねーとか聞いた瞬間自分のテンションが一気に冷めたのを今でもよく覚えている。マニアックな趣味はどうせばれるんだ。いうか言わないかは自分次第だろうね。俺も靴好きはあっという間にばれたし。

自己紹介タイムが終わると自然にアドレス交換みたいな雰囲気になる。絶対こいつとは関わりたくないとか思う奴もいるだろうけど絶対知っておくべきだと思う。何かと不便だった。特に最初の方は。あいつがいないこいつがいないって結構なるしね。




こうして二日目は過ぎていく。それでもまだ二日目じゃラウンジで談笑する場面なんてほとんどなかっただろう。でもいずれ気づけばみんなラウンジで生活するようになっていく。遅くてもゴールデンウィークに入るまでにはね。ちなみにうちのクラスターは一週間後にはすぐ仲良くなった。ちょっとした気配りとチューったーの助言で。そこら辺を次回。
さて、長万部で迎える初めての朝。起床時間は7時だ。一応ね。ちなみに7時になると校歌が流れ始める。勿論平日だけだけど。だから基礎工の人達はいやでもこのメロディを耳にしなければならないので校歌を1年間で覚えることとなる。

実際初めて迎える朝だというのにえらいうるさい。目覚まし音のことだが。こんな爆音ではないと起きられないのかと疑ったほど。あまり目覚まし音が大きいと後々苦情が来るからほどほどに。まだよくわからない生活感、トイレにいっても隣の部屋の知らない奴がいるしとても気難しい朝になる。

昨日着たスーツに再び着替えて食堂に向かう。確かまだ行動範囲は部屋ごとだったな。でもあっという間にクラスター単位に変わる。朝ご飯は普通の食事だった気がする。まあこんなもんか、と何も考えずに食べた。後に食堂の飯に悩まされることを知らず。

大講義室に移動。指定された席に座る。さすが理科大、前に座っている女子はパンツスーツが多い。OLかって突っ込みたくなる。おいそこの金髪ギャルぶってるの、めっちゃういてるぞ。

入寮式ということで、長万部町長さんとかとりあえずお偉いさんがたくさん登場。朝早くからご苦労様です。式典なんてどうでもいいと言われればそれまでなのだが、藤井先生の保護者向けのスピーチがとても印象に残っているので、ここに書こうと思う。

親御さん、お子様の入学を心より祝福いたします。わざわざこんな遠い長万部までお疲れ様です。…
さて、親御さんは今日何をしにここに来られましたか?もし、夫婦そろっての北海道旅行のついでなのならば、ぜひこの長万部の街並みをぜひ楽しんでいって下さい。とてもいい街です。ここで一年間お子様が過ごせると思うと嬉しくなると思います。もし、お子様の姿だけを身にここに来られた方…帰っていただいて結構です。少し厳しいことを言うかもしれませんが、もうお子様は高校を卒業して大学生。今までとは違い自分の行動に責任が伴ってきます。少しづつ大人に近づいているのです。それにもかかわらず、箱入り娘のように大事にこんな田舎まで世話しにくるのでは、お子様が成長しません。親御さんが来ている生徒さんの中で、親に来てほしいとせがんだ人はいないはずです。もう大人なのですから。


正確ではないが、確かこのようなことを言っていたと思う。巣立ちたい子供、過保護な親。そんな現代を風刺するかのようなスピーチ。一瞬でここにきて正解だと思った。


さて、いいお話を聞いたらあっという間に昼飯である。


お昼は長万部名物のかに飯。もちろんこれが名物なんて当時は知らなかったが。それと北海道といえばじゃがバタ。毎日こんな豪華な飯が来るのか、とウキウキせざるを得なかった。…はずなのだが。

そして午後、ついにクラスター初顔合わせである。

I saw my friend's Facebook. Most of my friends,they took a picture in Studying abroad. when I saw them, I felt that "you made friends foreigner" and "they had very good times in last summer.


But I also felt that " why Japanese is reflected in some pictures taken in abroad?"


Of cause, Studying abroad is good experience in college student life. I recognize it. But If I can use English when I go to abroad. So it makes no sense. Because the meaning "studying abroad" is "Cannot use Japanese." If there are Japanese around me in another country, maybe I use Japanese.

The condition "Japanese around me" make living in another country ease. So I think that studying abroad plan made by College is no sense.

If you obtain in studying abroad, you take a plane bring some money, clothes, maps, and like a iron heart. If so, you can obtain real English skill.


I don't have a feeling "criticise studying abroad". Only I wrote my feelings.
「荷物を寮において食堂に来てください」
この一声にしたがい、とりあえず寮に向かって歩き出す。勿論寮の方向なんてわからないのだから、案内に従ってただ歩くのだが。

そして寮に到着する。そこには宿直がたっていた。クラスターだけ聞かれ、二つある階段のどちらを登ればいいか教えてくれる。ラウンジには段ボールが山積みになっている。とりあえず部屋に入り、荷物を置く。改めて4人部屋であること確認することになるし、与えられたスペースがいかに小さいものなのかと絶望感にあふれる。

再び寮を出て食堂へ向かう。初日の夕飯はいくら弁当である。流石は北海道。毎日こんなものが食えたら幸せだろうな、と思ってしまう。この頃はまだ夢を見ていた。食堂の飯はうまい、とバスで仲良くなった奴らと談笑しながら、あっという間に時間は過ぎていった。

さて、寮に戻り、段ボールを自分の部屋に運び整理し始めること数十分。ついに部屋のメンツがわかる時が来る。


仕切って自己紹介すると子もあれば気難しく一夜が過ぎる部屋もある。人見知りな俺は後者だったが。このあとはとても静かな夜だった記憶がある。一人で風呂に入り、消灯が11時とかいうもんだからあまり時間もなく整理も中途半端に終わる。とりあえず気づけば消灯。そんな夜であった。
人生で初めて骨折しました



といってもひびが入った程度なのでそれほど時間はかからないはずですが




しかし久々のけがは心を落胆させるもの





腕の不自由はさほど不便に感じなかったけど足はこんなに不便なのかと痛感しております






しばらく暇なのでブログ更新も増えるかと思いますがお付き合いください