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Gardianinho~polisherman diary~

サッカー・長万部・モノ

投稿写真

市原臨海競技場まで母校の応援に行ってきました。

写真は前にやってた市船の試合のですけど。


必死扱いて部活をやっていたのが三年前と思うとふしぎなかんじもしますが、やはり部活はいいな、と。


後輩の戦う姿がとても頼もしく見えましたし見ていて嬉しかったですね。


自分自身も部活を通じて成長できた部分もたくさんあるので、どこかで恩返しできたらいいなと。せめて観戦ぐらいは、というところでしょうか。


来年の初げりは参加したいですね




後輩、お疲れさまでした。

小金高校のOBとして素直に嬉しかったです



母が昔、自分を未熟児で産んだことを後悔している、と聞いた。

今は何不自由なく生活できているわけだが、周りの赤ん坊と比べると小さいのを病院で見たときは苦しい思いをしたのだろう。



今日は久々に時間があるので、少し未熟児と親の話をしていこうと思う。




そもそもなぜいきなりこんなことを題材に書こうかと思ったかだ。最近バイトで(居酒屋なのだが)、男性二人組の会話がたまたま耳に入った。


A「うーん、でもやっぱりどうなんだろう、親にも責任ってあるじゃない?」
B「そうなんだよ、きっと。そのまま育ってくれれば問題ないんだけど、生まれたばっかじゃこの先が見えないしね。もう少し育ってくれてれば、って思いもあるはずじゃん」
A「結局、未熟児で産んでしまったという事実が母ちゃんの中でずっと頭の中に後悔として残ったままじゃない。子供そうだけど母ちゃんもかわいそうだよ」






とこのような会話である。テーブルの片づけをしながらこの話を聞いていたが、居酒屋でこんなまじめな話をしている人を初めて見たし、あまりにも暗い雰囲気で話していて、自分も黙っていられなくなって、思わずお客さんに話しかけてしまった。「自分は1600gで生まれた事実」と「体のハンデなんかそのうちなくなるし、親もそんなに心配すること無い」と。

目の前に実例が現れたせいか男性二人組の表情もガラッと変わり、楽しそうに呑んでいた。






と、ふとこのように未熟児についての会話を聴いたのがきっかけで、このブログにいたるわけである。


1600gで生まれた自分も今や成人。身長こそ平均より小さいが、特に生活に不自由は無く、平穏な日々を送れている。



でも、生まれつきのものなのか、早生まれが関係しているのか(2月生まれ)、遺伝的なものなのかわからないが、身体能力は普通の人よりも欠けていると思うことが良くある。

中高サッカー部であったが持久力、瞬発力、筋力、全てにおいて平均以下だった。

生活習慣の影響もあるだろうし、一概に小さく生まれたからで片づけるのはナンセンスな話である。


しかし高校生のときには他の人より身体面で劣っていると思う場面はたくさんあったし、今でもなぜ自分は定期的に運動して、あいつは全く運動していないのにあいつの方が足が速いんだろう、とか劣等感を感じる場面はどうしても出てくる。



運動するに場合おいて、体が小さいのは大きなハンデである。もちろんメッシのように突出した瞬発力など特別な能力があるなら話は別だが。




自分は身体的に劣っていた部分を反射神経や動きの滑らかさ(スポーツビジョンと呼ばれるもの)で補っていたつもりだが、限界はある。


もう少し背が高ければ、もう少し心肺機能があれば、とかたらればを言ってはきりがないが、小さくない劣等感を抱きつつ今まできたというのはある。



こんな話を聞くと、親はますます未熟児で産んだことを後悔するだろう。けど後悔する必要は全くないと思う。詳しくはこの先に書くけど。


成長スピードが回りより遅いから劣等感を感じながら成長するのは事実。これは未熟児だけでなく早生まれにも言える事なんだけど。


けどハンデを背負った子供は追いつかないとわかった瞬間他の手段をとろうとする。平均に追い付くのが無理なら、一芸に秀でてしまえばいいのだ。


なんでもいい、ただその分野だけは絶対に負けないという一芸を身につける。おそらくこれはハンデを負った子供にしかできない事だと思う。


あと親はその一芸に気づき、見守り、褒めれば子供は勝手に成長する。偏見や劣等感など忘れて。


そうすれば親も心配はいらないはずだ。この子はこの芸に関しては一流であると認識し、他の子より長けてる部分を知って教育できるのだから。なんでこの子は他の子より、、、とひかく
する必要もない。どこかしら長けている部分はあるのだから。


もしこの記事を見た未熟児の母がいるならハッキリといいたい。

子供にも親にも小さく生まれた責任は無いと。

何も心配する必要が無いと。


人はみな平等だから。



成長すれば未熟児なんて忘れてしまうはず、どんな子供もいずれ大人になるのだから。









fin.






ブラジル強かった。


ギアを入れるタイミングの共通意識が違った。


日本もフランス戦のような忍耐が無かった。


今のブラジルの戦術は釣りのようなもの。


耐えきれず、見事に引っかかってしまった。

交代選手の出来も悪かったししょうがないかな


うっちー対ネイマールが一番おもしろかった。


決定力を欠いたとはいえ、香川が何故ビッグクラブに在籍できるのかも試合を見れば一目瞭然だったと思う


そして岡崎の必要性を感じた試合でした。


そして本田の久々に試合を楽しめた、というのは移籍示唆ですかね




それにしても残念でした


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今日は前日までのお話。

田舎の文化祭とはいえ、クオリティを町民の皆さんに見せなければならないので、気合が入るところ。


前回は買い出しのくだりを少しお話しましたが、今日はそのほかの準備について話していきたいと思います。


おおよその買い出しはネット、そして店の装飾はイエローグローブ(ホームセンター)でラッカースプレーやら段ボールやら拝借して色塗ったくって完成。男子の人数が女子の三倍なのだから、装飾が少しばかり雑でも全く問題ないのだ。


さて、自分は本部の人と少し関わっていた訳で、メインステージの設営も行った。倉庫からライト、部品、配線やら全て持ち出して設置。上の方はかなりの高さになるわけで、登って作業している人たちはとても楽しかった。

あと前日までにやることといえば備品の移動やテント設営ぐらいだ。高校時代からテントは作っていたのでお手の物だが、意外と他の団体を見てると苦戦してた気がする。


あくまで自己満のキャンパス祭だし、町民がどれくらい来るかわからないから、当日まで見えない部分の方が多い。参考資料があるわけでもないし。



ただ前日までにしておくことはちょっとした下準備と当日楽しむ為の体力だけだったのではないだろうか。



最後に余談だが、軽音などステージに上がる人が多いクラスターは模擬店は注意した方がいい。シフトはあてにならず、店が放置状態になるから。というより自分のクラスターがなったんだけど。



次回は当日。

ただいま電車。
賄いで貰った串焼きを弁当に詰めた以外はいつもと同じ一週間の始まりだ。


でも今日は少しスペシャルかも。


朝起きたら、久々に親父のスーツ姿を見れた。

実に二ヶ月ぶり。

長い闘病生活だったけど、スーツ姿を見てやっと日常が帰ってきたんだと実感。


完全復帰はまだみたいだけど、夏前のいつもの日常が帰ってきたことがなんだかうれしい。



何でもないようなことが幸せだったと思う



有名な歌の歌詞だけど、何もない日常を求めるのは思ってる以上に難しいのかもね。









明日は久々にレポートに追われないオフ。

有意義に使いたいね。













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