一時はエンバぺの大会に傾きそうながらも“メッシの大会”となった2022FIFAワールドカップカタール大会。
日本は新しい景色を、を合言葉にあと一歩のところまで行ったがまたしてもベスト8の壁を超えることができなかった。
壁となり立ちはだかったのがディナモザグレブ所属のドミニク・リバコビッチ(Dominik Livaković) 。
まもなく始まる冬のマーケットにはオフ中のスキーで負傷し長期離脱の決まったノイアーの代役としてバイエルンが興味を示していると噂されるほどの注目銘柄となっている様。
さて、今大会はPK戦は全部で5つ(日本対クロアチア、スペイン対モロッコ、ブラジル対クロアチア、アルゼンチン対オランダ、フランス対アルゼンチン)あり、それぞれの試合の勝利の立役者であるリバコビッチ、ボノ(Yassine Bounou; モロッコ/セビージャ)、マルティネス(Damián Emiliano Martínez Romero; アルゼンチン/アストンビラ)には大きなスポットが当たった。
特にリバコビッチとマルティネスは2試合勝利に導いており彼らのPKストップ率の異常さに驚愕した人も少なくないはず。
ということで、ここでPKに強いキーパーはなぜ存在するのか、にフォーカスを当てようと思う。
僕自身、現役時代はPKが得意で楽しかった。若干165cmしかない自分に止められた方は屈辱的ではなかったのだろうか。
プロの世界でなぜこのような得意な選手がいるのか興味深々になったため、この記事を書くことに至った。
【きっかけ】
森保JAPANがクロアチアに屈してから数日後、「PK戦は運ではないから日常的に導入しよう」という論調があちこちで散見されるようになった。場数をこなせば決定率が上がるでしょ、という考えだ(ほかにもあると思うが)。実際に野々村チェアマンも言及している。
他にも、スペインのルイスエンリケが100本練習させたとか、PKの準備に関する逸話が色々流れていた。
ただ僕自身はこの論調に納得いかない部分があった。場慣れしているキッカーでも時に外すのはこのワールドカップでも見られたからだ。
特に印象的だったのはオランダのファンダイク(Van Dijk; リバプール)。所属先のリバプールではPK戦で勝つためのトレーニングさえ行っている彼が、マルティネスにストップされている。
玄人の間では伝説のPK戦とも呼ばれる試合では、対峙するGKの挑発もなんのその、えげつないコースに決めている彼が、だ。
いくらコースが甘かったとはいえ、完璧なストップ。
となると、キッカーはトレーニングだけでは補えない部分があると考えた。そこで、GK出身の身からして、蹴る方を鍛えるより、止める側の脅威を増したほうが勝てるのでは?との結論になり、実際にPK戦を振り返ってみることにした。そうすればPKに強いGKがいる、という情報だけで優位になるのではないだろうか、という発想である。
【PKのキックは2種類しかない】
GKの話をする前にキッカーについて少しだけ触れておく。なぜなら蹴り方次第でGKのアプローチが変わってくるからだ。
助走、ステップ、色々なアプローチがあるが、個人的にはけり方は2つに分類されると考える。
①キッカーがコースに蹴ることを念頭におくPK
一般的なもの、と解釈してOK。どこかのタイミングでキッカーはこのコースに蹴ると決め、それに合わせて助走、キックするものであり、8割以上はこのタイプと考えてよい。キック精度に自信のある選手や普段PKを任されない選手は大方こちらの蹴り方になるだろう。迷いがないというメリットの反面、GK目線では蹴る少し前に動いても問題ないものになる。
②キーパーのタイミングを外すことを念頭におくPK
ひと昔前になるが遠藤保仁のコロコロPKが代表格。最近でいえばジョルジーニョ(Jorge Luiz Frello Filho; チェルシー)がその筆頭だろう。
GKを先に動かす、重心をずらすことが目的で、確実に裏をとるもの。メッシはワールドカップではこちらの蹴り方を主としていた。相当な練習が必要で高度な技術が求められるのがデメリットである一方、GKさえ外せれば成功率が格段に高いのがこちらの方法だ。
尚、ロシアワールドカップの日本代表初戦のコロンビア戦で香川真司は決めたPKに対して、「GKの裏をかくことだけを考えて蹴った」とコメントしている。
最大の特徴は助走にあり、蹴る前のラスト数歩でできる限りの時間を設けることにある。
実際データ無くこのPKをやられるとGKはなす術無し、である。
ジョルジーニョ、意外と外してるじゃん!と思う方もいると思うが、それはあくまで彼の蹴り方について情報があるからだ。
最後まで待てばいい、それだけの話である。
ではここから①のタイプのキックに対してGKのアプローチを考えていく。
【PKでGKが出来ること】
ではここから具体的にGKのPKまでのアプローチを紐解いていこう。
GKがPKの時に与えられる時間について、4つのフェーズに分けられると思っている。具体的には、
①キッカーがボールを保持するまで
②審判が笛を吹くまで
③助走の途中
④蹴る直前の2ステップ~蹴るまで
の4つ。それぞれの時間においてキッカーがどこに蹴るかという予測と、失敗させるための心理的圧力の2つをできる限り行う必要がある。
予測の部分の考察はかなり長くなるので次回に回すこととして、まずは心理的圧力についてまとめていく。
【阻止率、失敗率を変化させる心理的圧力】
僕が現役時代よく考えていたのが「PKは心理的にはGKが圧倒的に有利」である。それは「決めて当然というプレッシャー」と「決められて当然止めればヒーロー」という極めて単純な構図である。
そこにGKからの心理的圧力を最大限かけることで、少しでもPKを有利にさせようというものだ。
ちなみに今大会のPK戦で圧倒的にこの行為を行っていたのはマルティネス。おそらく彼はPKを自分のものにさせること、に全神経を注いでいるように思える。
では、上記4フェーズに分けてどのようなことをすべきかまとめていく。
①キッカーがボールを保持するまで
前のキッカーが蹴った直後から、駆け引きは始まるといって良い。この時点で構えるGKはいないし、割と好きなように過ごせる時間だ。
最も単純な圧力はキッカーのそばに寄ることだ。格闘技でいうフェイスtoフェイスの様なもので、これからお前と勝負だからな、という合図である。個人的にはGK自らキッカーにボールを渡す、という行為が好きで、受け取った瞬間のキッカーがその時点でどのような心境なのか大体察することができた。
尚、僕が人生で一番好きなPK戦であるリバプール対ミランの決戦では、リバプールのデュデクがこの行為を行っていた。
このフェーズで一番大事なのはGKが余裕を見せることだろう。どこかどちらに跳ぼうか、といった迷いが表に出るようなことがあってはならない。
ちなみにこのフェーズでは未だ予測は始めないべきだと思っている。参考になるのはせめて目線程度で、情報量があまりに参考にならないからだ。
②審判が笛を吹くまで
ここからが勝負の始まりだろう。キッカーはボールを置く、助走をとるという蹴るための準備のためのフェーズだからだ。予測の話は別途として、ここで心理的圧力になるものはGKの立ち位置だろう。じっと見られると何か観察されているような不快さがある。少し片方に寄った位置にいても気味が悪い。大柄のGKならばジャンプしてバーを鳴らして音で不快さを生むのもよい。
逆に背の低かった僕は、蹴るときにいかにキッカーに対しゴールを小さく見せるか、に注力していた。具体的にはこのフェーズ時はゴールラインより後ろにいることであり、最後にゴールラインに立った時に一番体を大きく見せるのが目的だ。心理的優位という意味ではGKはライン上に体をのせたら準備完了の合図なので、キッカーの準備が終わった後にゴールラインに立つことで、GKの時間を少しでも長くすることにより自分の時間を作り心理的優位に立つことは必須と考える。
③助走の途中
このフェーズで出来ることはせいぜいゴールライン上で動く、体を広げる程度のもので、実は心理的圧力へのアプローチはさほど多くない。一番予測に頭を使うべきフェーズととらえているので、特筆はしない。
④蹴る直前の2ステップ~蹴るまで
最後のこのフェーズについては2パターンに分けられる。動くか動かないか、だ。
プレジャンプ等予備動作も含めて、一番大事なのは膝の使い方であり、視覚的にキッカーがキーパーはどっちに飛ぶが関節視野内で捉えやすいのが膝の動きだと考えている。
飛ぶ直前のステップも極力膝の向きを動かさない(飛ぶ方向に向けない)のがキッカーにとって”どちらに飛ぶかわからない”という心理的圧力になり、GK優位にさせるコツである。
蹴る直前に左右のステップを入れ惑わすのも一つの技。これを駆使していたのはペトル・チェフ。
キッカーからするとどのタイミングで動くかわからないので非常に厄介だし、方向があっていたらどうしよう、という圧力にも繋がる。ジョルジーニョ式PKの唯一の対抗手段だと思っている。
今大会はボノがこの左右ステップを頻繁に行っていて、スペインに対してかなり有効になっていた。
では、次記事において予測について深掘りします。