オッペンハイマー
6月9日(日)のお教室はお休みです。
先週のお教室では旦那さんの仮縫い靴を完成させた生徒さん
フェーシングをスキンステッチ(フラットシーム)で縫って良い感じ。
前回のブログでも紹介したホールカット・スリッポンの2足目を完成させた生徒さん
ライニングと同じ青色で仕上げました。
次の靴はライニングをムートンにして冬用を作成予定だそう
ロドニーを作成中の生徒さん
こちらのデザインを初めてみました!って生徒さんもおりましたが、ジョンロブ・ロンドンでは馴染みのあるデザインです。
今週も引き続き靴作り楽しんでいきましょ〜。
さて、今週は久しぶりに映画を2本観にいきました。
まずは『関心領域』
アウシュビッツ収容所の壁を隔てた隣に住むナチス・エリート家族の話。
予告観て内容は分かっちゃうのですが、いっさい塀の向こうの画像は出てこなく、微かに音のみが聞こえてくるのが、やはり不気味であり恐怖。
一番不気味なのは、壁の向こうを全く想像することのない人々。見えないことは無いことだという感じで普通の生活が営まれている。
後半、アウシュビッツ博物館に収められている煤色の大量の靴の山の映像に、そこにはお気に入りの靴を履いていた普通の人々だったのに…と胸が締め付けられたり
なんとなく消化不良な感じな映画でした。
なので、数日後に観ようかどうしようか数週間考えていた映画を見ることに。
『オッペンハイマー』
こちらの映画は、オッペンハイマー役が大好きなドラマ『ピーキー・ブラインダーズ』で主演のキリアン・マーフィーで、オッペンハイマーは人類史上最悪の兵器を作り、広島と長崎に地獄を落としたマッド・サイエンティストとしての認識があるので、キリアンを嫌いになりたく無いな〜という思いと、3時間の暗く重い映画に耐えられるかしら。。。。と思ってたのですが、3時間1分も飽きることなくグイグイ引き込まれていく映画でした。
映画の冒頭に「プロメテウスは神々から"火”を盗み人類に与えた。その為に彼は岩に繋がれ永遠に拷問を受けた。」とギリシャ神話の一節が出てくるのですが、オッペンハイマーと”核兵器”のことがこの言葉の中にそのまま入ってるのですね。
原爆がもたらす脅威を私達は情報として知っているし、こんな非人間的な酷いことは2度とあってはならないのですが、『原爆の父』となったオッペンハイマーの後悔と葛藤も物凄いものがあっただろうことや、もっと裏にある組織のことや、一体どんな選択が科学者にあっただろうか。。。人類はどうしたら永遠の平和を手にできるのだろうか。。。。。
映画のシーンで核兵器を作る前のオッペンハイマーの量子力学や物理学に対する熱量やアインシュタインとの対話は観ていてワクワクするもので、もし違う時代に生まれていたら。。。。と思ってみたり、観終わってからもずーと後を引く映画でした。
色々と気になって、もう一度観ようかと思ってます。答えは永遠に出ないだろうけれど、考え続けなければいけないように思います。
今年に入って、少しづつ”進撃の巨人”を観ているのだけれど(重くて一気には観れない💦)
『争いは愚かで暴力は悪いこと』なんてことは万人が知っているのに、そうせざるおえない状況ってのもあって、暴力は悪人だけが行うことでなく、守ることがある人も行わざるおえなかったり、誰の気持ちも理解でき、こんなにカロリー消費量の激しいアニメは初めてて、1話1話が考え込むことが多いのです。
現実も同様に、こんなに科学や技術が発達して、多くの人間が学ぶ場を得られ賢くなっているはずなのに、人口は81億人もいるのに
誰も、誰一人として戦争を止めることができないって現実に愕然とし絶望を感じる日々ですが
人類はまだまだ夢の途上で、科学や技術だけでなく、倫理も哲学も自然との共存方法もまだまだ学び続けていくしかないのでしょうね。
どんなに辛く苦しく直視できないことでも、『無関心』というのが最悪の態度で、この世に生きているってことは全員罪を背負っているっていうキリスト教的なことを初めて考えてしまったり。
時々思うのですが、海の底は数百万年前から何も変わらず自然と共存できてるように思いますが、そこは暗黒の楽園なのかな?
空の生き物もうまくやっているっぽいのに、陸は難しいね。