浅沓(あさぐつ) | ”Benchwork study Laboratory" 英国式 靴作り教室

浅沓(あさぐつ)

先週、靴の会社を営んでいる生徒さんが『天皇の即位の時にのみ神主さんが履く和沓を作ったんです!』と写真を見せてくれてびっくり!そういう靴(沓)の存在も知らなかったし、普通の神主さんの履いているのは浅沓と呼ぶそうで、オランダ木靴みたいな木製の物に黒漆でピカピカしているものですが、天皇即位の時のみに履かれる沓は革製でボコボコとデコラティブで技術的にもなみなみならぬ手の込みよう。日本の革靴文化は戦後から。ってのが覆された!驚きです。

 

日本では昔から下駄や草履の文化だと思っていたのですが、靴としての形状が遥か昔から存在していたんだ!と思うと、日本の革靴文化の歴史はどうなってるんだ?と凄く興味が出ちゃって、ネットで調べてみたら、あんまり深くは探れなかったのですが、画像は色々見れました。神主さんの履く沓が可愛くて可愛くて。

 

聖徳太子はオランダ人だった。。。という研究家の書いた本を昔読んだ事がありますが(かなりうろ覚えですが)、あの沓を見ると、そうかもな。。。。と思えてきました。非常に面白い。だとしたらオランダの木靴文化と日本の漆文化の融合も素晴らしい。

 

他の宗教でもそうだけれど、歴史的にみて宗教が関係すると、一気に文化が飛躍するってところあるじゃないですか。ヨーロッパの油絵も宗教画無くしてあの神々しさは無かっただろうし、教会のステンドグラスしかり、ゴスペルもトランスしちゃうレベルのもあるしね。。。。昔は神と人々を繋ぐ何かがあり、もちろん経済的な事も文化が発展するには必須であるけれど、そんな事以上に神の名の下で何かを生み出す時の人間の本気の出しようというか、『神がかる』ってあるんですよね。神がかってる!ってものと出会えた時の心の揺さぶられようは、細胞レベルで嬉しさを感じてる感覚ありますものね。

 

 

 

先週訪れた高野山もそうだったけれど、神の名の下で人のなし得たことの驚異的パワーに、最近立て続けに圧倒されている。木喰上人もそうだし。。。。。

 

私は宗教は『なんちゃって信仰』で、曾祖父は神主さんで、祖父はお寺の家で、祖母は仏教の修行にはまっててインドまで行って修行してたのですが、母はミッションスクール出で賛美歌とか謳ってたようで、父は宗教について何か言う事が無く初詣も宗派なんて何も気にしていなかった。家に聖書があり、神棚があり。。。。って、なんか宗教がごちゃごちゃしている家で、両親は結構宗教には冷めてる感じがあった。世代ごとに宗教観が薄まっていってるようです。

 

私も宗教画や仏像には興味があって芸術として楽しんでいますが、宗教そのものには一歩引いて考えていたんだけれど、心底信じられる宗教に出会えたら、神がかれるのかな?なんて、下心ありありの考えが浮かんできます。。。。。下心だからムリだろうね(笑)。

 

 

宗教のおかげで素晴らしい芸術や工芸が発展していた時代はもう遥か昔だけれど、日本は天皇が神様だったからね。皇室にはまだまだ知られていない驚くべき工芸がわんさかあるのではなかろうか?天皇家だけに物をつくってきた職人さんとか、知られざる技の数々とか、壮大なロマンがありそうだな〜。

 

話は戻って、神主さんの『浅沓』や『和沓』の手の込みよう、工芸としてのレベルの高さを見ると、現在の日本人の靴作りへの情熱はDNAレベルではないだろうか?実に面白い。空想がふくらみました!貴重な沓を見せて頂いて感謝です。お暇な方は、是非検索して画像みて下さい。なかなか面白いですよ。