言論の自由 | ”Benchwork study Laboratory" 英国式 靴作り教室

言論の自由

『日曜教室』も昨日終わりました!生徒さん以外の人も参加が徐々に増えていって毎回気合いが入ります。今回は準備が以外と大変で、やっと気分的に落ち着いて、今月後半はひたすら靴作りに集中集中。

 講座の資料は家で『コタツ』に入りながら作っていたのですが、ひたすらデザイン画をチクチク書いているとトランス状態に陥るというか、眠気と戦いながら半分瞑想状態というか、頭の中を色んな問題が駆け巡りかなり考え事に集中出来ました。

 今一番の感心ごとは1月11日のパリでの『団結の行進』。史上最高の動員数のデモであり、『言論の自由』の為に立ち上がった人々。。。。という感じにニュースで映っていた。勿論、もちろん、もちの論で『言論の自由』には賛成です。でも、今回のパリでのデモとデモの発端になったテロ事件と同一線上でなされる問題なのか?と、とても疑問が湧いた。いくら『言論の自由』だからといって、マナーの無い『言論の自由』は不快しか呼ばないと思うのですが。。。

 『言論の自由』を盾に『テロ』だけではなく、イスラム人攻撃をしているように見えてならない。そもそもなぜ「テロ』が組織的にでも個人的にでも発生したのか?そこをメディアは言わずに『テロ=極悪人』の式図作っている事に何の疑問を持たないのだろうか?アメリカ軍がイラクで行っていた拷問の数々を知っているだろうか?武器を売る為に数々の戦争が勃発し、安心して住める場所を奪われた人々の人権を守る為の最後の手段が『テロ』なのではないだろうか?根本問題を見ずに『無制限の言論の自由』に賛成してしまう事は不快と喧嘩を生み、自由を破壊する行為に繋がるのではないかと。。。。自由過ぎる言論は誰かを傷つける。。。『自由』の本質を失う危険性が大きいな、と。

 どんどん過激化する『テロ』と戦う!なんて言う前に、そもそも『テロ』が何を求め、何を目的にしているのか知らないとね。何でも根本を考えないとね。

 世界中が今、不安の世界に生きていて、なんとか自分の周りにある幸せを見つけて、不安と戦おうとしている『気』がムンムンする。その不安を極論である戦争で片付けようと(戦争したって片付くはずもないのに)する考えの人々も増えてきて、本当に人間は馬鹿なんだな~。人間が目指す所はそんな所にないだろうに。誰もが幸せを求めて生きているはずなのに。

 幸せって何だろうか?自由って何だろうか?ってもっともっとリアルに、深く考えるべきじゃないか?答えは以外と簡単で誰でもが実践出来る事のように思えるのだけれど。。。。これだけ世界が緊張感に覆われていると根本を忘れてしまうんですね。

 靴作りもね、『履き心地の良い靴が欲しい』『靴作りが楽しい』『自分の手で何かを作り上げる喜び』。。。。生徒の皆さんも、教室に通い始めるきっかけになった『想い』を忘れないように。。目的を見失わないように。。。。