最近見た映画
いやー昨日今日と寒いですね! すっかり風邪を引いて、仕事を終えて家に帰ったら食欲も全く無く、土曜日の夜は熱を出して寝込んでしまいましたが、朝スッキリ!普段睡眠時間が少ないせいか、9時間も睡眠とったら頭がボーとしますが、体が少し軽くなりました。本日は有難い事に仕事のお休みが取れたので、息子とスピルバーグ監督の『リンカーン』を見に行って来ました。数週間前に見に行った『シュガーマン』もかなり泣けた良い映画(というか、凄い実話!!)でしたが、本日も号泣。私は、映画の予告見ても泣く人なので、泣いたからと言って良い映画とは限りませんが。。。
スピルバーグなので、アメリカ政府の何かしらの洗脳目的だろうな?と疑いを持ちながら見てましたが(笑)、リンカーンが奴隷解放条約を可決させ、南北戦争も終わらせた後、妻から旅行へ行かない?と持ちだされた時に『エルサレム』に行きたいと言ったところが、『あ~ユダヤ人。。。スピルバーグったら。。。』と思ったり、ところどころに”自由を得るには犠牲は付きもの。。。”的な事が鼻につきましたが、250年程続いたアメリカの奴隷制度が廃止された背景は興味深かったです。胸を打つセリフも多く、国会討論シーンはかなり面白かったし、リンカーンが何かと話し出す寓話も面白かった!かなり引き込まれた映画でしたが、期待したほどの出来ではなかったな。5段階評価で3ぐらい。
その前に見た『シュガーマン』の方が元気を貰えた。アメリカでは肉体労働で生計を立てていた無名のミュージシャンが、南アフリカに渡った、たった1枚の彼のレコードから有名になり、南アフリカでは30年以上プレスリーと同じ位有名なミュージシャンであったのに、当の本人もアメリカもそんな事は知らずにいた。。。。という実話。彼の生き様のカッコ良さとか、『芸術家のみが革命を起こせる』って言葉とか、良い映画でした。泣きっぱなし。こちらはお勧め。
最近、政治ネタはブログに書いていませんでしたが(靴の話を書くべきだしね、本当は。。笑)、仕事の事と、政治の事はいっつも頭の中から離れないので、常に何かしらの怒りや考えや学びはしてるのですが、この間サッチャー元首相が亡くなったことで、再度『女と政治』について再び考える機会を得ました。なぜ今、現役から離れて長いサッチャー氏の死が日本でこんなに大きく取り上げられたかは、彼女が行った政治と今の安倍政権が行おうとしている事と似ているからかと思うのですが、亡くなってしまった人のことを悪く言うのは非常識とは知っていますが、常識という言葉が大嫌いなので、ちょっと書かせてもらいます。
サッチャー氏はイギリス初の女性首相であったけれど、彼女が行った政治は、女性だからこそ出来る政治ではなく、私はかなり彼女の政治のやり方には失望と怒りを多く持っていて、彼女に対して有難いと唯一思えるのは、彼女が弱者切り捨ての政治を行った為に、イギリス発祥の『パンク』ムーブメントが盛り上がったということだけ。彼女が首相だった時代に行った負の残骸は私がイギリスに住んでいた10年程前にも根深く残っていて、もともと階級社会のあるイギリスだけれど、下層階級の人達の切り捨てられ方、そこから上がれない負の連鎖を見ることがあった。その負の連鎖を発生させた彼女の政治のやり方に対し感じた事は、「女が男の上に立つには、男以上に権力を愛し、男以上に戦争を肯定し、男以上に慈悲を殺す人でないとダメなのだな~。』ということ。サッチャー氏は女の良さを殺して首相になったから、本当の意味での女性首相としては喜べなく、イギリスで『鉄の女』と呼ばれていたのもうなずける。サッチャー後に未だ女性の首相がイギリスで出ないのも、彼女に失望させられた為かとも思う。
リンカーンやオバマは黒人に自由と勇気は与えたが、黒人差別や人種差別は無くなっていないし、女性が首相になれる時代はきたが、女性はまだまだ同等な社会的地位は獲得できていない。でも、一人一人が自分の人種や国籍や性別に誇りを持って、自分の信念にしたがって、自分を疑わなければ、どんな道も開いて行けるということを、リンカーンもオバマもサッチャーも教えてくれたのですよね。大事な事は、自分で歩みたい人生を後悔なく歩むことですよね。
尊敬している人のブログにアルバート カミユの小説『ペスト』の事が載っていて、久しぶりに本棚から引っ張り出して読みだしたら、涙が出てきた。ペストに侵された人々の街が政府から隔離され、見放されていく中で、主人公の医者リウーとジャーナリストのタルーは、最後まで支配者側に加担せず無知で無力な愛すべき人々の側で戦い続けている。二人の会話で、支配者側にいない事、権力側にいない事は『限りなく続く敗北』だと告白するのだけれど、『だからと言って戦いをやめる理由にはならない』というリウー。
沈黙する個人は意図的にではなく、知らず知らずのうちに「理性的な殺人者」に豹変してしまう。権力による不正や横暴に対して沈黙すると言うことは、そういう事なんですよね。消費税増税も、TPPも、原発推進も、権力による不正と横暴によって進められているんだけれど、沈黙する個人が多い為に泣き寝入り状態。福島原発は何も良い方向に向かっていないし、被災地の除染も進んでいない。選挙へ行っても、デモへ行っても、署名をしてみても敗北感がつのる一方なんだけれど、『だからといって、戦いをやめる理由にはならない』のだ!という思いと勇気が湧いてきました。
スピルバーグなので、アメリカ政府の何かしらの洗脳目的だろうな?と疑いを持ちながら見てましたが(笑)、リンカーンが奴隷解放条約を可決させ、南北戦争も終わらせた後、妻から旅行へ行かない?と持ちだされた時に『エルサレム』に行きたいと言ったところが、『あ~ユダヤ人。。。スピルバーグったら。。。』と思ったり、ところどころに”自由を得るには犠牲は付きもの。。。”的な事が鼻につきましたが、250年程続いたアメリカの奴隷制度が廃止された背景は興味深かったです。胸を打つセリフも多く、国会討論シーンはかなり面白かったし、リンカーンが何かと話し出す寓話も面白かった!かなり引き込まれた映画でしたが、期待したほどの出来ではなかったな。5段階評価で3ぐらい。
その前に見た『シュガーマン』の方が元気を貰えた。アメリカでは肉体労働で生計を立てていた無名のミュージシャンが、南アフリカに渡った、たった1枚の彼のレコードから有名になり、南アフリカでは30年以上プレスリーと同じ位有名なミュージシャンであったのに、当の本人もアメリカもそんな事は知らずにいた。。。。という実話。彼の生き様のカッコ良さとか、『芸術家のみが革命を起こせる』って言葉とか、良い映画でした。泣きっぱなし。こちらはお勧め。
最近、政治ネタはブログに書いていませんでしたが(靴の話を書くべきだしね、本当は。。笑)、仕事の事と、政治の事はいっつも頭の中から離れないので、常に何かしらの怒りや考えや学びはしてるのですが、この間サッチャー元首相が亡くなったことで、再度『女と政治』について再び考える機会を得ました。なぜ今、現役から離れて長いサッチャー氏の死が日本でこんなに大きく取り上げられたかは、彼女が行った政治と今の安倍政権が行おうとしている事と似ているからかと思うのですが、亡くなってしまった人のことを悪く言うのは非常識とは知っていますが、常識という言葉が大嫌いなので、ちょっと書かせてもらいます。
サッチャー氏はイギリス初の女性首相であったけれど、彼女が行った政治は、女性だからこそ出来る政治ではなく、私はかなり彼女の政治のやり方には失望と怒りを多く持っていて、彼女に対して有難いと唯一思えるのは、彼女が弱者切り捨ての政治を行った為に、イギリス発祥の『パンク』ムーブメントが盛り上がったということだけ。彼女が首相だった時代に行った負の残骸は私がイギリスに住んでいた10年程前にも根深く残っていて、もともと階級社会のあるイギリスだけれど、下層階級の人達の切り捨てられ方、そこから上がれない負の連鎖を見ることがあった。その負の連鎖を発生させた彼女の政治のやり方に対し感じた事は、「女が男の上に立つには、男以上に権力を愛し、男以上に戦争を肯定し、男以上に慈悲を殺す人でないとダメなのだな~。』ということ。サッチャー氏は女の良さを殺して首相になったから、本当の意味での女性首相としては喜べなく、イギリスで『鉄の女』と呼ばれていたのもうなずける。サッチャー後に未だ女性の首相がイギリスで出ないのも、彼女に失望させられた為かとも思う。
リンカーンやオバマは黒人に自由と勇気は与えたが、黒人差別や人種差別は無くなっていないし、女性が首相になれる時代はきたが、女性はまだまだ同等な社会的地位は獲得できていない。でも、一人一人が自分の人種や国籍や性別に誇りを持って、自分の信念にしたがって、自分を疑わなければ、どんな道も開いて行けるということを、リンカーンもオバマもサッチャーも教えてくれたのですよね。大事な事は、自分で歩みたい人生を後悔なく歩むことですよね。
尊敬している人のブログにアルバート カミユの小説『ペスト』の事が載っていて、久しぶりに本棚から引っ張り出して読みだしたら、涙が出てきた。ペストに侵された人々の街が政府から隔離され、見放されていく中で、主人公の医者リウーとジャーナリストのタルーは、最後まで支配者側に加担せず無知で無力な愛すべき人々の側で戦い続けている。二人の会話で、支配者側にいない事、権力側にいない事は『限りなく続く敗北』だと告白するのだけれど、『だからと言って戦いをやめる理由にはならない』というリウー。
沈黙する個人は意図的にではなく、知らず知らずのうちに「理性的な殺人者」に豹変してしまう。権力による不正や横暴に対して沈黙すると言うことは、そういう事なんですよね。消費税増税も、TPPも、原発推進も、権力による不正と横暴によって進められているんだけれど、沈黙する個人が多い為に泣き寝入り状態。福島原発は何も良い方向に向かっていないし、被災地の除染も進んでいない。選挙へ行っても、デモへ行っても、署名をしてみても敗北感がつのる一方なんだけれど、『だからといって、戦いをやめる理由にはならない』のだ!という思いと勇気が湧いてきました。