今回の参詣は、新橋の田村銀杏稲荷神社へ。

参詣とはいっても、2011~2012年ごろに環二通り(通称マッカーサー通り)の開通工事に伴い、当社は一時的に『御菓子司 新正堂』の店内に移されている。

現存はしているものの、開通後の現在も非公開で祀られているとのこと。

 

2021年4月に再建された田村銀杏稲荷神社はこちら

 

 

 

 

参拝できないとはわかっているが、せっかくなので新正堂(しんしょうどう)を訪ねてみた。

というよりも、この時期ピッタリな商品があるということで、それを買いにというのが主な目的。

新正堂は大正元年創業の老舗和菓子屋。店舗のある新橋四丁目は、旧一関藩田村右京大夫屋敷があった地(厳密には屋敷跡は50mほど西側)。

その田村家と言えば、赤穂事件一連の発端となる江戸城松之大廊下で吉良上野介を斬りつけた浅野内匠頭が切腹させられた屋敷として知られる。

 

 

 

 

店内右隅には田村銀杏稲荷の写真が飾られていた。

説明書きには、左:「田村右京大夫屋敷跡にあった。お化けイチョウで関東大震災にて焼失し 幹だけの姿に・・・(この下で切腹 なされたようです。)」。右:「お化けイチョウを切り、その上にお稲荷さんを奉った。忠臣蔵を演ずる歌舞伎役者が必ずお参りに見えたようです。第二次世界大戦(空襲)でこれも焼失・・。」 以上。

 

 

 

 

2009

田村銀杏稲荷があった2009年の様子。

場所はお店のやや西側、住所でいうと新橋4-29-6。

 

 

 

 

2015

そして現在。

企業の駐車場を境に、お社がキレイさっぱり道路に。駐車場はそのまま残されているけど、端っこであっても置いてやれない事情があるのだろう。

 

結局、田村家屋敷跡と少なからずご縁のある新正堂に移転された。

 

 

 

 

さて、その当店の名物が『切腹最中』。

なんとも洒落の効いた痛快でブラックなネーミング。

 

 

 

 

肌色のモナカ生地から溢れんばかりに餡が盛られる。言わずもがな、腹を召した姿。

切腹する者は、事前に白飯に湯をかけた「湯漬け」を食すと言われているが、この最中はそれに見立てたであろう白い求肥が入っている。さらに切腹をした旧暦三月は梅の季節とあって、モナカ生地が梅の形をしている。しかもこれがまたうまい。サクサクとしっとりとモチモチの融合。憎らしいほどよく考え込まれた逸品。

 

腹を割って話すとか、歴史も含めて談笑の糧にという意味込められているとのこと。

お客さんの中にはお詫びの印にこれを持っていくらしい。

 

 

 

 

写真はすべて2015.12.10撮影

 

備考

社号 田村銀杏稲荷神社

祭神 

創建 大正十二年(1923)以降

祭日

末社

社務所

所在地 港区新橋4-27-2 御菓子司新正堂内

旧所在地 港区新橋4-29-6隣

その他 現在非公開