今回の参詣は、板橋区大門の諏訪神社へ。
この辺りは戦後の高度経済成長時に乱立した高島平団地の程近く。
14、5階建ての高僧建造物が珍しい当時は、飛び降り自殺をするためにこの地を訪れる者が後を絶たず、メディアから自殺の名所と揶揄されることもあった。逆に現在では少子高齢化が顕著になり、住民の60%が55歳以上、15歳未満の子供が5%しかいないという新たな社会問題を抱えている。
まあ、そんな隣地の問題なんてさておいて、兎角この神社は桜が綺麗。
もう6年前から始めた神社めぐりだが、桜自慢の寺院はあっても、神社はあまり見受けない。
思い出そうにも出てこない。靖国ぐらいだろうか。梅や銀杏などが名所の神社ならたくさんあるけど。
朱色の随神門の中の随神たち。
随神門脇に並んだ神社。
こちらは秋葉神社。
秋葉神社以外にも、大国神社、薬師神社、稲荷神社、水神宮が当社に祀られていることはわかっているが、どれがどれかはさっぱりわからない。
先に触れた高島平は、面積3平方キロメートルの町内に、ひとつも神社が無い。
32.17㎢ある板橋区は全部で92社あり、1㎢当たり平均2.85社あるのだから、高島平の地域内に8社はあってもおかしくない。もしかすると、高度成長の開発時代に高島平の分が当社に合祀されたのだろうか。
都市伝説や心霊スポットとしてもてはやされている当地に一つぐらいあげてもいい気がしないでもない。
余計な御世話だけど。
手水舎と奥は神楽殿。
手前にある大木は、桜と重なっていて見えずらいが、夫婦銀杏(の片方)。
御由緒 境内掲示より字体改行などそのまま記載
諏訪神社と無形文化財「田遊び」
御祭神建御名方神
創建年代は不詳であるが、赤塚の領主千葉介自 ※
胤が、長禄年間(一四五七~六〇)に信濃国(現長
野県)の諏訪大社を勧請し、武運長久を祈願した
と伝えられる。その後寛永七(一六三〇)年頃に十
羅刹女を配祀したが、神仏分離の際にこれを廃した。
江戸時代の江戸名所図会には、「田遊び」神事が
記載されている。田遊びは、水田耕作にかかわる
神事で、年の始めにあたりその年の五穀豊穣と子
孫繁栄を祈る「予祝」の祭りである。毎年二月十 予祝=よしゅく
三日(旧暦の正月十三日)の夜に行われ、本殿と
大鳥居間の朝輿の渡御の後、社前に設けた「もが
り」の中で一年間の農耕行事が所作と唱言によっ
て象徴的に演じられている。
昭和五十一年に徳丸北野神社の田遊びとともに
国の重要無形民俗文化財に指定された。
平成六年三月
板橋区教育委員会
※正しくは千葉自胤(ちばよりたね)。
「千葉介自胤」は南総里見八犬伝に出てくる作品上の人物。
境内裏手の小さな神社。
これも何神社か不明。
狛犬が滑稽でかわいい。
考えてみたら、桜のシーズンは2週間ほどだし、その間の休日なんて4、5日程度。
そのわずかな期間に桜の咲いてる神社を見つけるのは至難の業。
それにしても日本人が大好きな桜が、神社に少ないというのも不思議。
写真はすべて2011.4.10撮影
社号 諏訪神社
祭神 建御名方神
創建 長禄年間か
祭日 2月13日田遊び神事
末社 秋葉神社・稲荷神社・薬師神社・大国神社・水神宮
社務所 あり
所在地 板橋区大門11-1










