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無農薬で育てた小麦を製粉している。
収穫量は600g。
ささやかだが、とても貴いものだ。
理想に向けての一歩になるかもしれない。
あるいはゴールになってしまうかもしれない。
自分で育てた小麦を発酵させて酵母を取る。
自分で育てた小麦をひいてパンを焼く。
もしくは自分で育てた作物を発酵させて自分で育てた小麦をひいてパンを焼く。
貴い600gの小麦。
これから、どう進むかは自分でも解らないのだが方向性のある一歩になる。
今回は、まず全粒粉として使う。
製粉のやり方は粉砕法だ。笑
めん棒の先で押し潰す。
一粒ずつである。
暇なパン屋だからこそ出来る技である。
無作為にバンバンやると小麦がピンポン玉のように飛んでゆく。
原始的作業は小麦に熱を加えないので味や風味が損なわれない。
細挽きにはならないが、やや荒挽きの全粒粉になる。
石臼があればいいなぁと思っている。
少し前散歩中に隣町の大野の路地で石臼を発見した。
大野は昔の街並みが残り、車1台がやっとといった路地が残っている。
そんな路地と少し広い路地が交差する角家の隅に石臼は積み重ねられて置かれていた。
黄色いペンキが一部塗られている。
『路が狭いよ、気を付けて』 的な標となっている。
何度も歩いている所なのだが、今までは気付かなかった。
目が刻られてあった穀物を入れる穴と軸の穴なのだろうか、穴が2つあった。
そのお宅に入って譲ってもらえないだろうかとお願いしようかと思ったが、思い留まった。
石臼の事を少し調べてみた。
私がやっている製粉は5万年前の手法である。
洞穴に住み、食べ物は豊富にあり、洞穴絵画を描いていた。
その時の絵の具は意思を叩きつけこすり合わせて作った。
まさにそれと同じだ。
約1万年程前豊富にあった食料を食べつくし深刻な食料不足に陥った。
それを克服したのは、まさに製粉化である。
粉にすれば食べれる素材となるという発見が文明を開花させた。
この次に如何に粉にするかという問題を克服することで工業文明を発達させることになる。
さて日本ではどうだったか。
主食は米なので粉にする必要が無い上に自然に恵まれ山・川・海の幸があった。
製粉は杵と臼で行われ、余り必要性が無かったようだ。
石臼が普及したのは鉄砲に使用する火薬の製造によるものであり、江戸時代初期のことである。
時代が安定してくると、石臼は水呑み百姓達に利用される。
年貢の取立てで米は食べられず、くず米、そば、稗などの雑穀しかない。
これを粉にすることによって命を繋いだ。
飢饉の言い伝えに
『粉にすれば何でも食べられる』
と言うのがあり粉にすれば保存も効く。
徳川幕藩体制を支える重要な役割を石臼は果たしたと書かれている。
話を戻して・・・・
少なくとも150g製粉しなければならない。
1日少しずつだが小麦を挽く。
ふすま、胚芽等の茶色が目立つ。
土色、ブラウン色とも言うが、力強さと優しさの色である。
残りは店周りの農園と湯涌の畑に播く。
小4の娘は来年の夏休みの自由研究にしようとしているので今から成長を記録しようとしている。
小6の息子は湯涌の畑の麦播きを手伝ってくれると言ってくれた。
何かが子供達にも伝わっているのかも知れない。
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