日本語には、自身を表す様々な種類の言葉があります。
私、僕、俺、うち、わし、それがし、等々…。
いわゆる一人称というやつです。
英語は「I」だけなのに、なぜ…?
と疑問を持ったことがある方も多いでしょう。
以前にこのブログでもチラッと書きましたが、
つまり、「自分が」と主張するのではなく、
例えば、普段「俺」という40歳男性がいたとします。
普段は「俺」を使うことで、「自分がいる環境においては、
ところがこの人、会社に行くと「私」を使うようになります。
「部長、私の意見は、うんぬんかんぬん…」のように。
自称を「私」に変えることで、「前に押し出す自分」から、「
「部長、俺の意見は、うんぬんかんぬん…」と言ったら、
要するに、日本語は一人称でもって自分を「演じて」いるのです。
いわば、「日本社会」(「会社内」とか「家庭内」
この役割は、他者によって割り当てられることもあります。
親が子どもに、『「○○ちゃん」はやめて「私」と言いなさい』
そう考えると人によっては結構窮屈な状況でもありますね。
でもここで発想の転換。
特定の一人称を選ぶことで、
ベルーガが考える理想の人間
「お金や縁に恵まれ、頭はよく、
ということにして、新しい一人称を考えました。
「ラシ」と言います。
「ドレミファソラシド」の「ソラ」が「空(そら、からじゃない)
ラシを使う人は、お金や縁に恵まれ、頭はよく、
今日からベルーガは自分のことをラシと呼ぶことにします(
慣れてきたら使用範囲を広めていきますが、
そして、ラシを使うことで現実が変わって「お金や縁に恵まれ、