街中にキンモクセイの香りが溢れる季節。
香りに誘われて、ベランダで紅茶を飲んでいると、周りの風景、音が飛び込んでくる。
掃除機をかけている音、遠くに聞こえるTVのノイズ。生きている息吹がそこにある。
前のアパートに、一部屋空き部屋がある。
先月までそこには一人暮らしの男性が居た。
腕のいいマッサージ師で、よく父がかかっていた。
私は、持病の喘息発作が起こった後、身体が強張ってしまった折、父と一緒にお願いした。
肩から腰に掛けてパカパカに固まったコリをほぐしてくれると、嘘のように楽になり、
元気に生活してゆく気力が湧いたものだった。
その人の親指は、指先が大きく変形して、人の身体をほぐす為に都合がよい具合になっていた。
その指先を見た時に〝仕事師″という言葉が脳裏をよぎった。
結婚もしたが、短い期間であった様だ。
インターネットがしたいとパソコンを買ってきた折、設定などを手伝いに伺った事がある。
私の仕事はIT関連業務であったから。
その時のお礼に「漢字源」とう辞書を頂いた。漢字のルーツを紐解く辞書だった。
本好きの私は嬉しかったが、なかなかジックリ味わう時間もなく仕舞い込んである。
先月その人は亡くなった。
残暑が尾を引きながら、うろこ雲が高く見える頃に。
遠くに親戚があると言っていたが、年老いた親戚もなかなか面倒はみれないのではないか?
と大家さんが病院に見舞っていた。どうなる事かと、大家さんは心配していた。
翌々月まで家賃は前払いしてあるという。
亡くなった後、その人の代理人とう弁護士さんが、すべて始末をつけてくれた。
遺体は大学病院に検体し、残った遺産は3等分して、
郷里の町と、この町に寄付した。
この町の役場が部屋の荷物の片づけをすべて行う手配をして旅立ったという。
「この町で暮らす事が出来て、私は幸せだった。本当に有難かった。
是非寄付をさせて頂きたい。」と。
贅沢はしていなかった、よく父の遺品の洋服を着てくれた。
簡素な部屋には、よけいな家具はなく、本が積んであった。
心豊かに暮らした、腕のいいマッサージ師だった。
いま頃、父はあの世で、喜んでまたマッサージを受けているだろう。