つくばへ・・・ | 板橋区ベビーマッサージ&サイン 親子教室と資格取得スクール☆ちひろの部屋 3児の子育て中ちひろ先生

板橋区ベビーマッサージ&サイン 親子教室と資格取得スクール☆ちひろの部屋 3児の子育て中ちひろ先生

東京都板橋区のおうち教室を中心にママが赤ちゃんと楽しめる親子教室を開講。
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ベビーマッサージ・おくるみ・ファーストサイン・ファーストトーク・ベビースキンケア。
3人の子育て現役のママ先生によるレッスンレポートと子育てブログ。

おはようございます。

板橋区を中心に3児の子育てをしながらママセラピストをしている、ちひろの部屋 の村山ちひろです。




息子くんと上映中の『れっしゃだいこうしん ザ★ムービー しんかんせんとわくわくでんしゃ大集合 』を見て来ました。


電車大好きの息子くんは終始大興奮!

「ママ~、あれ乗りたい!」「あれ、見て!今度乗りに行こう!」と大変な喜びようで、連れて行った甲斐があったというものですが、

旭山動物園号 や くまもんラッピング電車 や 寝台列車 や 大好きな新幹線 はなかなかすぐには厳しいので、

出てきた電車の中で乗りに行けるとしたら・・・と考え、思い立ってつくばエクスプレスに乗ってつくばまで行ってきました。



筑波もつくばエクスプレスが出来てからは近くなって、わが家から最短で1時間半ほどで行けることが判明!

とは言え、子連れ電車の旅は珍道中(苦笑)

途中、トイレに寄ったり、乗り換えでもたついて1本乗り遅れたりしながら、2時間ほどで到着。

到着した駅は『つくば』駅。


実は私、小学校の頃、筑波研究学園都市が作られた当初、筑波に住んでいました。

その頃はバスで1時間かけて土浦に出て、その後常磐線に乗って・・と東京に出るのも一日仕事だった気がしますが、その後つくばエクスプレスができて、近くなったとは知っていたものの、どこに駅ができたかなんて知らなかったのですが、なんと、通っていた小学校の隣に駅が!


町名とか通りの名前とか、とっても懐かしかったです♪


駅を出て目指したのは『つくばエキスポセンター 』。

ロケットが目印とは聞いていたけれど、目の前にどーーーん!と現れて、最近ロケットにも興味がある息子くんは大喜び、

何回も乗り換えをし、暑い中歩かされテンション下がり気味だったお姉ちゃん達もテンションUP!




仕事だった夫は同じころ車で追いついて一緒に楽しめました。
エキスポセンターはつくば万博を記念して造られた科学館で、我が家の近くにある教育科学館を大きくした感じ!?

科学に親しめる様々な体験ができます。


巨大なシャボン玉を作れる装置や、自転車をこいで発電する装置、エアバズーカなどさまざまな体験ができます。


最後にはプラネタリウムで『NIGHT RAINBOW-ハワイの星空に癒されて-』という特別上映を鑑賞。

夜出る虹、NIGHT RAINBOWがテーマの上映だったのに、疲れと暗さとハワイアンミュージックの心地よさに不覚にも途中から寝てしまった・・・。


エキスポセンターを後にして、車でつくばの街を散策。

通っていた小学校の前まで来た。

校庭の向こうにはエキスポセンターのシンボル、ロケットが見えるのですね。


私はこの小学校の第2回卒業生だったりします。

懐かしさよりも、記憶の糸を手繰っていった先の先に、覚えているかも・・・程度なんですけどね。

住んでいた住宅あたりも散策しましたが、何しろ何十年も昔・・・、

数年前の出来事だったり、何年も住んでいたり、住んでいたのが大人になってからだったらまだしも、小学生のころに2年だけですから、記憶を頼りにぐるぐるしてみるものの、思い出せずにたどり着けませんでした。残念。

その頃の住んでいた地域あたりは研究学園都市を造成し始めたばかりで、住宅と宅地とトラックしかない記憶。

生活していたのできっと近くにスーパーもあったのでしょうが、今のように大きなデパートやショッピングモールはなく、広くて整備された通りと真新しい住宅のみの記憶です。

それが今は、入ってみたいスイーツのお店やおしゃれな美容院や個性豊かなお店などたくさんできていて、時の流れを感じますし、たぶんこのあたりにお友達が住んでいたなーという場所も取り壊しの対象なのか、1階のベランダ窓には板が打ち付けてあったりして、その頃には最新のピッカピカの住宅も、老朽化している、時の流れを感じる『ルーツをたどる旅』でした。


夕食は入ったモールで子供たちが大好きなナンが巨大なカレー屋さんで。



帰宅して小学校のサイトを見てみたら、帰国子女や外国人も多い地域、と書いてあり、その当時は外食するお店もなかった料理が食べられるのも時代の流れですね。


子供の記憶ではかなり遠くにあった筑波大学も結構近かったことが判明。


いろいろな意味で子供のころの自分に戻る旅でした。