8月2日日曜日。
早朝4:00に目が覚めてしまいました。
睡眠不足が続いていたのでもうひと眠りしないと、とまた目を閉じようとしたのですが、なぜか急に身体の深部体温が上がってしまい寝つけそうにありませんでした。
寝るのはあきらめて皐月の様子を見にいくことにして、そのまま皐月のいる1階に向かったら、皐月が階段のすぐ下のスペースに横たわっていました。
頭をもちあげて階段を降りてくる私を確認して、またそのまま横になります。
前夜、下枝がいままでで一番ひどくふらつき、まっすぐ歩行するのも困難な状態だったのに、どうやってそこまで来たのか。
ひょっとすると2階にあがりたかった?
私が降りてくるのを待っていた?
切なくて涙腺崩壊です。
(あとで早朝に目覚めてしまったのは皐月が呼んだのでは、と言われました。本当にそのとおりかもしれないです。一緒ニイテ、ということだったのかもしれません)
そのまま皐月の横に腰をおろして、膝をかかえて座りました。
静かに時間が流れていき、少しずつ夜が明け始めます。

4:57
皐月の呼吸は浅く弱くて、ときどき大きく息を吸うのが気になりました。
腎不全から多臓器不全で亡くなった父の最期とよく似ていました。
皐月の姿を残しておこうと思い立ち、スマホを取りに2階に上がろうとしたのですが、皐月が頭を持ち上げて大きく目を見開いてじっとこちらを見ます。
ドコニイクノ?ソバニイテ、と言っているようで、「大丈夫、すぐもどるから。携帯取ってくるだけだから」と声をかけて階段を上がります。
スマホを取ってすぐに降りたのですが、皐月は頭をもたげたまま私の姿が消えた階段を見つめていました。
降りてきた私を見て安心したのか、またぱたっと横たわります。

5:37
私も膝をかかえて床に座りこんで、「メイちゃん」と呼びかけながら、ときどき皐月を撫でていたのですが、しばらくするとモウイイカラ、と言うように背中を向けられてしまい(ちょっとショックでした)そっと見守ることにしました。
6時になったので私はキッチンで家族の朝食の支度を始めます。
窓を開けて換気をしたときに空気が上から下へ床面を流れてまっすぐ横たわっている皐月を直撃したらしく、驚いた皐月が下枝を引きずりながらあわてて横たわる場所を変えました。
弱っているときにいきなりの情報過多な外気に触れたら怖いですよね。
驚かせてしまったと、後悔。

6:55
認めたくはなかったのですが、危篤状態なのだろうと感じていました。
緩和ケアで毎日通院して皮下点滴と制吐剤を入れてもらっており、日曜日は予約診療のみなので朝一番に予約を入れてあったのですが、あまりに容態が悪いので開院時間前に病院に電話。もう動かさないほうがよいかどうかを相談しました。
院長先生が出勤したら電話をくださるとのことでしばらく待機。
院長先生から電話をいただいて、「尿毒症がかなり進んでいるようなこと、昨日の点滴のあとに小さなおしっこをひとつしかしていないこと、ふらつきが激しいこと、もうほとんどシリンジ給餌も食べることができないこと」などを説明し、「容態が悪化していること、動かすのが可哀想な気がすること」を相談しました。
院長先生曰くは、やはり点滴をしたほうが本人は楽なはず、とのことでした。
「メイちゃん、病院行こうか。先生がね、点滴したほうがやっぱり楽になるって」と声をかけます。
皐月はだるそうに目を開けて少しだけ尻尾が揺れたので、じゃぁ頑張れるかな、と、急ぎ病院に向かうことにしました。
抱き上げるときにウゥウウウァと唸る皐月にごめんね、頑張って行こう、と。もうキャリーの中でも踏ん張れなくて、そのまま下枝は横倒れです。
病院に電話をしたときは予約をキャンセルするつもりでいたのですでに出遅れており、病院の駐車場は3台しか車を停めることができないからちょっと焦ってしまって、路面が荒れている箇所で速度落としきれずにすこし車の揺れが強くなってしまった、と思ったらキャリーの中で皐月がゲフッと嘔吐する音がしました。
「メイちゃん、もうすぐ着くからね。ごめん、、、」
嘔吐していたのは赤茶色い液体。
すぐに診察室に入って、院長先生を待つ間に診察台の上でまた嘔吐。
吐しゃ物が、診察室の床と壁に散りました。
前足と襟毛が茶色に汚れてしまいました。
汚れた身体の箇所を洗ったほうが早いと言われましたがもうこの状態で洗われるのは負担だけかかりそうと告げたところ、診察台の上でトレイで水を受けながら院長先生が吐しゃ物を流してくれました。
また皐月がえずきます。
「いいよ、吐いていいよ」と院長先生が皐月に声をかけてくれます。
昨日からほんの少量しかおしっこが出ていないことを申告したので、エコーで腎臓の様子を診て、腎臓が尿を作れていないことを確認。胃や腸も動かなくなっている様子。
皮下点滴をしながら制吐剤を加えて、さらに胃の内容物を腸に流す薬というのが追加されました。
「連れてきて正解だったと思いますよ」と院長先生。
そうなのかもしれませんが、何度も吐く皐月を目の前にすると、無理に動かさずにそっとしておいてあげるのもひとつの手段だったのでは、と思う自分もいました。
できるだけ苦しくなく、最期は眠るように、と思っていたのに。。。
「今日かもしれません」と、つぶやくように院長先生がおっしゃいました。
素人ながら尿毒症が進んでいることはわかっていたので「そうですよね」と返答してしまいましたが、覚悟できているようで動揺している自分がいることを認識していました。