シュノーソン城を見学の後はランチ。
アンボワーズにある洞窟レストラン。
この辺りの川沿いは石灰岩の採石場として栄えていた過去があるのですが、ここはその時代に使われていた石切り場をそのまま改造したレストラン。
この辺は砂岩が多く、砂岩を掘ってつくられた住居が多いそうです
天井が低くて、薄暗い照明も洞窟そのもの。
中は、とても広くて、いかにもツアー向けレストランといった感じ。
釜戸から出された名物のフエというパンに、野菜やリエットをサンドして食べました。
ズラ~っと横一列に並んで座った私たちツアー客。
ドデーンと大皿に盛られたお肉やソーセージが置かれ、皆で取り分けます。
特に感動する美味しさも不味さもなく・・・
洞窟の中という印象の方が強くて、料理はあんまり印象に残ってないかも
ツアーで行くレストランだから、こんなものかなと思いあまり気にせず、次の目的地、クロリュセ城に向かいます
ここは、レオナルド・ダ・ヴィンチが、生涯最後の3年間を過ごしたお城。
お城というより大きい邸宅といった感じ。
当時64歳だったイタリア人のダ・ヴィンチは、22歳の時のフランス国王フランソワ1世の招きにより、フランスに招かれました。
フランソワ1世は、約1年かかって猛烈なアプローチをかけ、ダ・ヴィンチにフランス行きを承諾させたそう。
ダ・ヴィンチを称賛し「王の最高の画家、建築家、エンジニア」に指名し、このお城と年金を与え、制作にかかる費用を出資し、日常的に会話をする楽しみのために高待遇のもてなしをしました。
こちらは、ダ・ヴィンチの寝室 67歳の生涯を終えた場所でもあります。
この部屋の窓からフランソワ1世が住むアンボワーズ城が見えるのですが、ここからの景色をダ・ヴィンチは、とても気に入ってたそうです。
見えるかなぁ。奥に写ってる建物がアンボワーズ城です
他のお城の寝室と違って、生活感を感じるこのお部屋は、ダ・ヴィンチって本当に存在していたんだなぁと実感します。
フランソワ1世の姉、マルグリット・ド・ナヴァルの部屋
1Fに降りて、アンヌ・ド・ブルターニュの小礼拝堂
礼拝堂の隣の18世紀の応接間
フランス革命のおきた18世紀、贅を極めていた貴族達の屋敷は次々と襲われ、調度品を略奪されたり、破壊されたりしましたが、当時のクロリュセの所有者のアンボワース家は、手際よく人権擁護を掲げたため、被害にあうことはありませんでした。
そのため、この応接間の装飾は当時のままです
また、ここはダ・ヴィンチのアトリエとしても使われ、ここで洗礼者聖ヨハネを完成させました。
右に写っている絵が洗礼者聖ヨハネ。
生涯最後まで手放さなかった3枚の絵画は『モナ・リザ』・『聖アンナと聖母子』・『洗礼者聖ヨハネ』。
レオナルドは客人に3枚の絵画をよく見せていたそうです。
フランソワ1世の住んでいたアンボワーズ城とクロリュセを結んでいると言われている秘密の地下通路。
フランソワ1世は、この地下道を通って、毎日のようにダ・ヴィンチに会いに行っていたと言われています。
年の離れた2人は親子のような友達のような温かい関係で結ばれていたそうです。
地下には、ダ・ヴィンチが発明した数々の模型が展示されていました。
ダ・ヴィンチというと画家の印象しかなかったので、あれもこれもの発明品の数々にびっくり
天才
ダ・ヴィンチ
これはヘリコプター。
この理論をもとにつくったヘリコプターは、空を飛ばないことが判明されてるそうですが、この当時、空を飛ぼうと考えていたことがスゴイ!と思いました。
外は、自然豊かな広大なパークが広がっています
このパークには、原寸大のダ・ヴィンチの発明品や創作がたくさん展示されていました。
ダ・ヴィンチは、このパークの自然を観察して想像力を働かせ、数々の発明品を考案したと言われていることから、発明品の源となった自然を辿りながら、発明品たちを見学できるようになっています。
ここクロリュセを訪れて、ダ・ヴィンチは、建築家であり土木技師、数学者、医者と多才な才能を持っていたことを初めて知りました
こんなにたくさんの分野の発明をし、そのどれもが今の世にあるものの原型になっていると思うと、歴史史上最大の天才だなぁと思います。
ここを訪れてから、尊敬する人物は?と聞かれると、真っ先にダ・ヴィンチと答える私であります