品川プリンスシネマでも今日から蛮幽鬼が公開だったので

バンドの顔合わせ後に直行しました。

バンドのことはまた次の日記に。


劇場には2時間半前には到着していた阿呆さです。

私の阿呆話はまあ置いておいて、

感想も多少mixiで散々書いてしまったところがあるので

こちらでは少し違う部分を。



感想ではあるのですが、今回は殊更

舞台の神聖さを痛感した気がしました。

お手伝いをしているときだって

ただの観客なときだって

舞台の上は私のようなただ人が

踏み込んではいけないもののような気がとてもしました。

映画館で観た作品だっていうのに、

そんなことを思ってしまったんです。

そんなふうに感じてしまうほどに

呑まれた、と言うのが正しいのかどうかは

よくわからないけれど

選ばれた人間によって創られた

選ばれた舞台の荘厳さのような


遠いな と思いました。


私は選ばれなかったし、選べなかった人間だろうから

客席から指を咥えて観ていることしかきっとできない。


でも関わろうとすることは諦めなくていいんじゃないかとも

同時に思っていました。

辿り着きたければ手を伸ばして歩いて掴もうとしなければ

勝手に転がって来るのじゃないときは

やってみるしかないって、とても思うんです。

創る人間の中には入れるかもしれない、

入れないかもしれない。

わからないなら試してみたい。

臨場感ゆえに、生で観られない現実に嫉妬するような

神々しささえ覚える舞台を創る側に、

彩る人たちを支えられるようになりたいと思う、

そんな今の夢はまだ諦めたくないと思います。


まず願わなければ、願いは叶わない以前に

願いはできないはずだから。




蛮幽鬼、本当にいい作品でした。

めずらしく劇場通いしてしまいそうな私が居ます。

劇場で同じ作品なんて絶対に観ないのに。

蛮幽鬼はその価値十分にありだと思います。

DVDも発売したらしっかり購入リストに追加です。


人の性に想いを馳せたくなる、そんな作品だと思いました。

早乙女太一さんの演じていたような人間になりたいと、

たったひとり 大切におもう人のために生きて死んでいけることを

自分の道標のひとつにしたいと思います。

まだ活動は始めていませんが、実は今週末はバンドの方と顔合わせです。

私、mixiのZARDコミュに入っているんですが、

そこでメンバー募集のトピをたまたま見かけて、

たまたま気がむいてご連絡したら

どうぞ。と言っていただいてしまったという(笑)

完全なるノリと勢いなのです。

そうしてその顔合わせが間もなくなのです。

たのしみたのしみ。


音楽の話をするとカラオケにまあ昔からよく行くんですが

年上の方と行くと驚かれるか笑われます(苦笑)

音楽は父親の影響をもろに受けていて

父が聞いていたアーティストを結構そのまま好きになりまして。

だから曲がね、古いんですよ(爆)

大黒摩季とか渡辺真理子とか。

洋楽もマイケル・ジャクソンにカーペンターズ、スティビー・ワンダーなど。

あと好きな音楽番組が夜もヒッパレだったのが1番よろしくないw

サーカスとかとにかくベテランの超豪華ライブに毎週かじりついて

観ていたから。笑いのセンスがおっさんなのも多分そのせいw

その後は演歌にまで手をつけちゃって、讃美歌もハモネプまがいも

合唱部時代に散々やって、歌ならば本当に雑食です。

トップクラスに食い込む好きな音楽は雅楽だし、民族音楽。

でもとにかくの1番は人の声が好きなんです。

私は言葉が好きだから。

逆に言うと空気を読む的なことは苦手ってことです←

抽象的なメロディだけとかは不得意なのです…。

そして人の気持ちが好きだから言葉がいい。

わかる言葉で歌ってほしいし歌いたいって。


自分の中で名前をつけられないでいたり、

付け方に悩んでいたときに相応しい言葉を

私の中にすとんとアーティストに落とされた時、

私は勝手に涙が出る。

いったいこれから先、死ぬまでにどれほど

そういうモノに出逢っていけるのかそれが楽しみだったりします。

だから楽しく愉しいモノのために生きていきたい。

後悔はあとにしかできないから、

せめてあの時できなかった、って後悔を少なくしたい。

だから今回も突然巡り合ったバンドに突然参加なのです。


えてして私の人生は行き当たりばったり、

ってのをひとつテーマに掲げているのです(笑)

存外に、そうやってるお陰でおもしろいもの素敵なものに

たくさんたくさん出会っています。人に

面白いことしてるね、って言われるような人生を歩みたい。

その間に自分を丸ごとか懸けたい人や仕事やモノに巡り合えて

生きていきたいと思います。

しばらく外出&外泊続きで更新できなかったのです。

とりあえずこれで一息できるかな。

先週の木曜日から昨日の日曜日までの4日間、

池袋のシアターグリーン・ビッグツリーシアターで

公演を行っていらしたコメディユニット磯川家の

『レストランじゃないっ!!!~BaD by StePな1週間~』を

ご一緒させていただいてきました。



http://isokawake.com/index2.html
コメディユニット磯川家は、もともと大阪で旗揚げされた劇団さんで

今年の春から東京進出されました。

コメディユニットとおっしゃるくらいなので、お芝居ジャンルはコメディ。

私の舞台観劇歴はたかだか3年目になるくらいなので、

あんまり詳しくはないのですけれども、大好きな劇団さんです。

しかし、そもそもの出会いは観劇からじゃなかった磯川家とのご縁。

今年の初めごろから演劇業界のお仕事にとても興味があったので、

役者をしている知人に制作の勉強をさせてくれる劇団さんの紹介をお願いし、

引き合わせていただいたのでした。


私が舞台好きになったきっかけは、北区つかこうへい劇団に所属されている

渡辺和徳さんの『鬼~贋大江山奇譚~』を観てからなんですが

それはまた別の機会に。そこから所謂つか芝居にはまるんですね。

そして今年の4月に早乙女太一さんと言う演者に出会えたのはとにかく大きい。

そもそも4月の明治座はその渡辺さんが構成を担当されていたし、

演出家がこれまた好きな岡村俊一さんで、役者に山崎銀之丞さんもいらして、

友達が出ていたから観に行ったという理由なのです。

そうでなければ私はこんなに早乙女太一さんは好きにならなかっただろうなぁ。

舞台人としての早乙女太一に出会わせてくれたことをは友達に何より感謝しています。

そんな趣向で月平均3本の舞台を観に行く生活を2年近くしています。

1年でだいたい。30回弱くらい。


そういうときに観る側だけでなくて、私は作る側の世界に興味をとても持ってしまいました。

ただこの世界は入って実際にやってみなければわからないことだらけだと思ったし、

今日日は専門の学校に行く人も少なくありません。

私はその興味がむくのが少し遅くて、まったく演劇に関する知識も経験も

持ち合わせていなかったんですね。

でもそのまま知らずに終わりたくはないと思ったから、

まず始めてみることにしたのでした。

といっても、私自身ににはまったくご縁を持たない世界、

人づてに何も持たない私を使ってくれるところを求めて、

ご縁をいただいた磯川家。


笑うってことが大事なことだというのを磯川家の舞台を観るたびに思うし、

そのお手伝いができていることはとてもありがたいと私は思っています。

可能性を感じるし、もっとたくさんの人に観てもらいたい劇団さんだと思うから

よりよくなりますようにと願って止みません。

まだ出会って2ヶ月の劇団の皆さん方とのご縁が

もっと続いたならいいなと思っています。

今回も大変お世話になりました。また次回によろしくお願いしたいと思います。

って誰?って2時半過ぎに

高校時代の友人から突如としてメールが来ました(笑)

まぁ、それはたぶんわからないんですが…

証拠が多分ないからね。

ただし、現在競技かるたでは序歌として王仁(わに。と読みます)の


なにわづに  さくやこのはなふゆごもり いまをはるべと さくやこのはな


と言う和歌が必ず読まれます。

理由は日本に漢字を伝えた人だからだとか。

日本に文字を持ち込んだ人物だから、

そこから日本の言葉は生まれたとする考えらしくて、

百人一首の和歌たちの生みの親的な意味合いだと

私は勝手に思っています。←

私の思い込みは放っておいてw

そもそも何故そんなことを考えたのかを問うてみたら、



 人はなぜ歌うのかを考えていた。

 1番最初にうたった人って何を思って歌ったのか。


 特に詞にメロディーをつけることってどういうことなのか。



それらが気になって眠れないってーんで、

私が日暮し、徒然なるままにに思っていることを

返してみたわけです。


厳密には誰がはじめか多分わからないなと思いました。
歌は結構な確実性を持って、言葉より先に生まれてるから。

文字をもたないけれど歌うことをする民族ってのは

結構地球上にいるもんですからね。

日本だって古い時代の沖縄や北海道に生きていた人々も

そういう文化を持っていたとされています。
記録することよりも先に歌や言葉や感情は生まれていて

他にも文化とかそんなのを伝えていくために

文字が追ってできたと、私は思っているのです。

ちなみに歌は祈るためや感情を表すためにできたと思っていたり。
祈るためだったって特に私は思っておるのです。
だから宗教音楽はどの国も誕生年代も発達も早いし、

今もなくなってないものが多い気がする。
歌うのって人間として自然なことなんじゃないのかなって。

営みとしてね。
教えられなくても子どもとか歌うじゃないかーと思って。

ふさわしい答えかわからんがこんな感じって私論をぶん投げました。←

私は音楽に関して学がないしたいした能もないのですけど

間違いなく歌ってるの楽しいんですね。それだけじゃあないんだけれども。

私、その友人と出会った合唱部に入るのを

両親にあまりいい顔されませんでした。

バンドじゃなきゃあんた向きじゃないんじゃないのって。

その頃熱心に歌っていたのはJpopだったのでね。

いわゆる合唱曲のようなものは

合わないんじゃないかと考えていたらしいです。

あとはとにかく父親が合唱が好みじゃない人間だったから(苦笑)
ナンセンスだな。と思いました。当時も今もやっぱり思う。

私はきちんと歌える環境を与えてもらえれば

合唱曲も歌謡曲も校歌さえも関係なかったから。

むしろ基礎を疎かにしない合唱をきちんとやってみたかったから。

絶対に自分のためになるって思ったんですよねぇ。

だから結局、無視してほどなく入部(笑)

結果声量も安定したし、腹式呼吸をも身につけ、

喉を潰すことも格段に減りました。

でもなにより、一人きりじゃなく歌っていられたのが

どう考えても1番しあわせで1番の贅沢でした。


音楽なんだから一緒じゃない?って

私は音楽の種類で垣根を作ったりはしない、と

それから10年近く心に決めている私です。
楽しかったら綺麗だったらそれが全部でそれが1番いいと思う。

だって  音を楽しむ  って書くんだから。音楽って。

名は体/態を表すって私、勝手に信じてるんです。

人もモノもみーんな。


と言う私見(笑) 超ながいwww

いっつも付き合わされる友人が大変だなーと思いますw

申し訳なさくらいはちゃんと持ち合わせていますが、

如何せん、身上なんですよねぇ。

書くのは何故だか、どうしてもやめられないから(苦笑)

そんな真夜中でした。充実したやりとりしたなぁ

とってもしあわせなことです。


余談ついでに。

何事もできるだけ毛嫌いはしない。

食わず嫌いもしない。ほかの文化も一緒。

生まれてきてそれを大切にしている人がいるんだから大事にしたい。

自分が大事なものを否定されるのはやっぱり誰でも嫌だと思うから。

批評はいいけど批判はいけ好かないんです。

いったい誰が物事を判じる資格を持っているのか。

していいのは侮辱じゃなく評することまでだと私は思うから。

すべての物事をこうやって尊重し合って譲り合っていられれば

争い続けることなんてきっとないのだろうのにって思うんです。



ほんのすこし

となりのだれかに となりのなにかに

やさしくできる わたしでありたい

今日は唐突だけど恋愛観の話。

そんなわけねーよ!と思われても今の私が思うことなんで

ご了承を願いますw


大層な恋愛をしてきているわけではないし、

今いないあたり別に恋愛上手というわけではないと思うんですが

今なら大事に相手と付き合えるんじゃあないかなと思うわけです。

いい人に巡り合えればの大前提がいりますが(苦笑)

かつては完全なる恋愛依存症の恋愛体質。

物心ついた頃には誰かしら好きな人がいて、

それが切れたことって二十歳を過ぎるころまで

冗談みたいですけど、なかった。

卒業しちゃうとか、そんな物理的な別れによって

大した時間差もなくその人のことは好きじゃなくなっちゃうんですけどね(苦笑)

目の前にいない人のことは好きになれない、

そんな子供だったのでした。


今思うと結構嫌かも(苦笑)

お陰で気負うことなく話せはしますけどね。

むしろ男の子の方が話しやすかったりはする。

オフィシャル的な考え方をする時の私の脳みそは

どうも男っぽいんですよね。

辻褄の合わない話とか大嫌いだし。感情論はあんまりないなぁ。

もちろん感情は大事にするんだけどそれを仕事とか

公的な部分には基本介入させたくない。私生活は別ですけど。

恋愛感情が持てるかどうかは

私はファーストインプレッションに依存するから

恋愛対象の中に入らなかった男の子は

結構腹を割った友達になれる。

だから私は親友は男も女もおんなじくらいいます。

下手したら男友達の方が知ってるときとか平気である。

女同士だからこそ知られたくないような恥って

なんか絶対にあるから。


友達の話になってきちゃった(苦笑)

昔はとにかく心身ともにべったりできる人が欲しくて、

おいていかれたらきっとダメになるって思ってたかも。

でも別にメール電話を強制することは一切ないし、

ともするとこっちから連絡しない日も極たまにだけど

あったりはしたんですね。

恋人は現実逃避をする空間だったなーと思います。

許せなかったのは私のことが彼の中で1番じゃないこと。

趣味やバイトと並立させた時に並列されてることが嫌だったし、

趣味に負けてることが昔は1番嫌だった。無趣味な男は嫌いなくせに(苦笑)

好きなものがあることは構わないし、

それを優先されるのもいいけど、ずっとは無理なんですね(苦笑)

趣味に出かけて行ったのに約束の時間に返ってこないとか、

毎日趣味にいそしんで構ってくれないとか、

その趣味を私にも押しつけたがるとか。

いろんなことに興味があるから、誘われたら

とりあえずやってみるし、面白かったら一緒にやることも全然構わない

でもたいして私が興味を持てなかったときにちょっと考えてほしかった。

でも1番許せないのは私が好きだと思っていることを

笑われるのが許せなかったかも。

別に一緒にやってほしいわけではないし、面白いと思ってくれたら嬉しいけれど

馬鹿にされんのはムカつくんですよね。

私は好きで大事にしていることなんだから。って。

以来、一緒に楽しんでくれない人には

せめて放っておいてもらいたいと思うのです。

これって交友関係にも同じ。

女友達と会われるの私はあんまり今は気にしません。

昔もそこまで気にしなかったかも。

やっぱりは私が異性の親友とかがいるから。

それを2人で会うなって言われるのはかなりキツイ。

私には大事な友達だから。仕事の関係とかそういう部分で

交友関係を狭めることはしたくないし、されたくないなって思います。

浮気は別ね!(笑)


今はねー、私がしっかりと仕事をしたいので

そういうところを理解してもらえたら多分嬉しい。

相手にも意欲の持ててる仕事をしてもらえていたら

とても嬉しいと思います。

構ってほしくてたまらないのは自分がなにも持っていない証拠だし

何も持っていないと思い込んでいるか、行動を起こしていないってことでもある。

私は自分がいいと思うものを大事にできていたいから

彼氏がいなくても自分の意義の認められる存在でありたいと思うから

仕事をしたいと思うし、些少なりともこうやって某かの文章を書きたいと思う。

これって私の在り方そのものでもあるから。

書くことで私は自分を確認するし、自分を赦したり罰したり、

もしくは私の考えを創ったり整理したり。

こういう私をだめだと思わないでくれる人と一緒にいたいとは思うかな。

そうでなければ、とんでもない才能のある人!(笑)

自分なんか大したことないなって、心底この人のために何かをしたいと思えるような

そんな男の人に出逢えたのなら没個性でも構わないな。

でもやっぱり敬意を表してくれない人は嫌かも(苦笑)

心から尊重できる人がいいし、その人に尊重されるような人間であれたいってのが

今後の恋愛の最大の課題です。


あんまりおもしろくなかったかも(苦笑)

いつか昔の恋愛とかの話も心の整理がつけられきった頃に

書きたいな、とも思っておきます。

大恋愛ぽっかったのもドロドロだったのもそれなりにあるんで(笑)

この夏の早乙女太一の全国ツアーを7月8月と

2回も観にいってきたわけですが(苦笑)

それからとてもとてもやりたくていることがある。

めずらしく私がはやめに行動を起こしている!っていうねw

そのくらい今回は刺激を受けた ということでもあります。

それと多分私が変わったから。

演劇界隈との御縁が薄すぎて、

正直どうしたらいいのかわからなくて

迷走していたと言うのがおそらくここ2年前までの

私だったはずだから。


さて、さて今回その 劇団朱雀特別公演 極付 早乙女太一

2010 ALL JAPAN TOURってな長いお名前が付いていて

もう既にDVD発売されています。

私も行った初日の7月2日を収録したものになってます。

お値段3000円くらい。公演当日に会場と、公式HPで購入可能です。

実はうっかり友人と浴衣で出かけたのが映り込んでいたりしますwww

判別しにくいことこの上ないのですけれど、家宝にする所存ですw

お芝居と舞踊ショーと

その前後に太一さんのインタビューを入れた構成になっています。


今回の舞踊ショー、実は早乙女太一の初演出だったんです。

舞手としての感性が抜群な彼に惚れ込んだと言って過言でないので

実はものすごくものすごく楽しみでした。

だから初日に意気込んで駆けつけてしまったと言う(苦笑)


『形の夢』と名を打って、10場くらいの40分を超すひと作品に仕上がっています。

ざっとあらすじをご紹介させていただくなら

主人公:花魁(早乙女太一)のみた夢の話です。


DVDやパンフレットの本人インタビューによれば

“花魁”という空間に閉じ込められ、心を失くし、心を殺した人形のような人が

望むものや持っていないものを表していてその象徴的なものが

人形というかたちで表しているのだとか。


郭の中の己に絶望を覚えている花魁は現実に対して目を背けて生きていて、

厭世的に生きているけれど四季の移ろいや、人の想いにまで

無関心ではいられない。一片の桜の花びらを愛でることは止められない。


その根源は少女時代の自分の中にあって、

場面は少女と鯉たちとの戯れに移る。

ただ手前勝手な感情でひとしきり遊ぶだけ遊んだら

逆に鯉に愛想を尽かされて、ひとり取り残されてしまう。


とぼとぼと歩く少女は消えて熟女と言ってよいほどの女性がひとり現れる。

おそらく女の哀しさの象徴で、捨てられた女の哀惜に溺れている。

咲いては枯れ、枯れては咲きそしてまた枯れる花のように。


その女が次は若く禍々しさに、怒りの炎の如き

紅い烈火に包まれて妖艶に踊り狂う。

顔の見えない男たちに囲まれて

時にはどこか翻弄されているようにも見えるように。

けれど決して媚はせずに女は紅蓮を立ち上らす。


炎はほどなくして消えたかのようにみえたが

次に照らしたのは蒼き炎。静かに灯り、

白布に身を包んだ壮年の男性が現れる。

静かなまなざしで静かな舞で場を包む。


静謐さに似た笙だろう音の中から

いつしかその顔が能面になっている。

奥から鎧に身を固めた青年と擦れ違う。

面の男はいつの間にか消えていた。

青年は目に見えない敵をことごとく消すように

苛烈にな剣舞に没頭していく。

そのうちに無数の能面が蠢いて取り巻きだす。

断ち切るよう、止めを刺すように強く刀を地に突き立てても

能面らはひとつとして消えず纏わりついている。

青年は力なく闇に向かって歩き呑まれるように消えた。


能面たちは消えずにそこにあって

するとその合間をかき分けるように

ひとりの闊達そうな少年は現れる。

険しさを軽快さで乗り越えていく。

気づけば能面はずれたものたちに

迫ってこられる。

押し潰されはせず、逃げもせず

面を外したものに支えられてもいる。


桃源郷のような背景にぜんまい仕掛けの日本人形の如き女郎たちが

ぎくしゃくとしたコミカルな舞を続けるうちに

場はすべて呑み込まれていく。

郭付の男たちが大傘を構えて花魁の道行を華やかに添える。

そこにはもう気高く美しい最高女郎の花魁しかいない。

美しくただ本当に美しく舞ううちに先までの現のような夢が

走馬灯のように巡りゆく。そのなかに埋もれていた髑髏や

人形のシルエットが粉々に砕け散る。

桃源郷は消え、降る桜の花と花魁自身しかそこにはいなかった。

先ほどまでの女郎たちや男衆も姿が消えている。

降りしきるような花びらを目にして

花魁の心は廓の呪縛から解放され、

まぶしいような表情で花魁は降る花を見つめ

ゆっくりとあたりを見廻してから、静かにその目を閉じた。



と、ま、あ。

各場まで書いちゃったw

私見バリバリなところもありますが

展開は多少省略しつつも割に正確かと思います。

やー、DVDかなり観込みましたので(苦笑)

舞踊ショーがホントに。えぇ、かなり観てます。

トータル時間で2週間分くらいには絶対なっていそうな気がします。←

合間合間の行間や衣装や背景音楽まで

早乙女太一によるトータルコーディネートされた作品です。


そこからさらにメッセージを読みとって、

小説にまで心情面の書き込みをしたい。と言うのが

ひとつ今回の目標にあります。

自分のノートはもっと気持ち悪いほど

よくわかんないような分析をしてあります(苦笑)

全部書いたら絶対夜明けるので控えますw

とにかくインスパイア、というのかどうやらですが

そのまま舞踊ショーのノベライズ化

と思っていただければ良いと思います。たぶん…

ひとりの人間の持つ多面性を場ごとにキャラクターを変えて

具体化した点で非常に素晴らしかったなと。

人間の心なんて一筋縄じゃいきませんよねってとても思う。

その心情の紆余曲折にこそ共感を覚えて

人は感動するものだと思うので。


あと4月明治座の舞踊ショーと比較をすると

(それしか知らないのは比較としてよくはないんですが…)

観るためのエンターテインメントとして

より質が上がったと一観客としては感じました。

劇団新感線の影響かなーと少し思いますね。

圧倒的な視覚からの満足感。

如何に見せつけるか、とでもいいましょうか。

そのために効果的なセットの使い方をされているのは

非常に好みなんですね。

つか芝居を私はこよなく愛しているのですが

それってシンプルさが一つあります。

でも意味緒持ってつくりこまれている作品もまた

とても好ましく思います。


だから早乙女太一にとにかく期待。

それを体現してくださるだろう劇団朱雀にも。

大衆演劇にありながら、また違うステージに進んでいってくれそうな

劇団朱雀でなければ出来ないことを成してくださるように思えるから。

その才能を愛したいな と、とても思っています。


まだもう少し細かい解釈がしきれていないので

実際にかけてはいないノベライズですが、

できたら法律に引っかからないようであれば(苦笑)

ここにのっけたいなーと。

御目文字仕れる日を 心待ちに致したく思います。

自宅ネット環境を整えたので、アメブロもきちんと

私のアイデンティティーを持ち込んで使おうかと。

日頃はmixiが主で、そっちは知人とのコミュニケーション目的の度合いが高い。

でもそうすると思うこと感じることしたいことを最近ほんの少し書きづらい。

感覚的な話か形式ばった話か、とにかく友人と楽しんでするには

若干微妙なネタが多い(苦笑)

こっちはより好き勝手に、ただし私の感覚に正直に、

でもって真面目に面白く考えて

それを目に見える形にするためのツールとして

そしてそれを保管する場として

使っていきたいと思います。

好きな文学 好きな役者 好きな舞台 好きな音楽

好きな学問 好きな文化 好きな教養 好きな感性

そんなものについて書き散らかす予定です。

あと、最近頭の中で4つくらい小説と戯曲のネタが湧いているんで

整理するためにね。手書きじゃ頭のスピードに追い付かないんだもん(苦笑)

そうそう、そういう頭の中を書き写すこともあると思うんですが

そうなると如何せん、文章の統一性がないかもしれません。

そこら辺はご容赦願います(苦笑)

アメブロでたのしめますように。