討ち入りの日 | 加古川市 放課後デイサービス ビリーヴ スタッフBLOG

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今日12月14日は赤穂浪士(四十七士)が

 

吉良上野介邸に討ち入りした日です

 

 

日本人が大好きな「仇討ち」

 

美談として語り継がれています

 

なので・・・その話は何度も何度も映画やテレビで観て

 

誰もが知るところです

 

 

そしてほとんどが吉良上野介を「悪」としたシナリオになっています

 

「善」と「悪」を明確にした方が感情移入しやすいし

 

分かりやすいからでしょうか

 

 

 

 

時は将軍 徳川綱吉の時代 場所は江戸城 松の廊下

 

赤穂藩主・浅野内匠頭が度重なる吉良上野介の嫌がらせに

 

堪忍袋の緒が切れて 刃傷沙汰を起こす・・・

 

殿中で刀を抜くなどもってのほか!

 

これにより浅野内匠頭は即日切腹 浅野家はお家断絶となり

 

赤穂城を明け渡すこととなる

 

 

簡単に言うとこんな掴みで始まりますニコニコ

 

 

ご多分に漏れず

 

この話しが大好きな私・・・と言うか・・・歴史好き(笑)

 

 

 

 

このとき浅野内匠頭は35歳

 

人生50年60年の時代では 十分過ぎるくらいの大人

 

しかも一国一城の主です

 

御家来衆もたくさんいたでしょう

 

どんなに嫌がらせをされたとしても

 

我慢しなければいけない立場でした

 

 

 

お家の一大事 わが殿の無念を晴らすべく

 

筆頭家老の大石内蔵助はじめ浪士たちが立ち上がります

 

赤穂浪士たちは一人の死者も出さず

 

本懐を遂げましたが

 

結局は幕府から切腹の命を受け

 

浪士たちの遺児も遠島などの処分になりました

 

 

映画やテレビの中ではドラマチックなお話しですが

 

誰も幸せにならないお話しです汗

 

 

「仇討ち」と言えばなんだか聞こえはいいですが

 

仕返しですよね

 

 

何年か前に「やられたらやり返す!倍返しだ!」と

 

いうのが流行りましたが

 

子どもに「やられたらやり返しなさい」という教育はどうでしょう

 

実際にやり返さないとしても

 

それくらいの根性は持っていて欲しいと

 

思っている親御さんは多いかもしれないですが・・・

 

 

戦争や紛争などの争いごとは

 

いつも「やられたらやり返せ」で起こっています

 

やり返したら関係は益々悪化していくのが常です

 

関係が良くなることなどあり得ないのです

 

 

 

子どもたちがよく

 

「○○くんに僕が使ってたボール取られた~」などと言ってきます

 

ついつい「取り返しておいで」と言ってしまいがちですが

 

これも結局取り合いになってケンカが勃発します

 

 

なのでそこは話し合いで・・・

 

「3時半までは僕が使うからそれから交替ね」と

 

時間を決めると割とスムーズに決着します

 

 

 

仇討ちの話しから ボールの取り合いの話しにまで移行しましたがあせる

 

 

討ち入りの日に思うこと・・・でした照れ

 

 

長々と最後までお付き合いいただき

 

ありがとうございました m(_ _ )m