体臭を気にしすぎるのは、「自分は臭いんだ」「自分は臭いんだ」と自分をイジメて、自己暗示をかけているようなものだそう。

とは言っても気になるものは気になるのだから仕方がないわけで、ですが、この度、ある方の助言を受け、すっかり匂いが気にならなくなりました。

私の場合、信頼できる方(長くお世話になっているメンターです)に「臭くない」とハッキリ言ってもらったことで一番安心したことと、体臭に悩んでる自分に執着していたことに気が付きました。


以前の記事でも書いたように、体臭に悩んでいると自分の体のケアを大切にするようになる。と書きましたが、もっともーーーーっと大切なことがありました。

実を言うとですね、体臭に悩んでいると、他のことを考えなくてすむんですよね(;^ω^)
私の場合の“他のこと”とは、まさに自分自身のことでした。



一時期、ずっと気になってた足汗がピッタリ止まった時があったんです。そしたら、あんなに気になっていた筈の足汗が止まってしまい、なぜか物凄く不安を感じたんです。(パニックに近い感情でした)

その不安でふたたび足汗が復活したんです。
 

なぜ、足汗が止まって不安だったのか。
後から冷静に考えると、それは、“考えること”が無くなってしまったからでした。

人は、考えることがなくなると自分自身と向き合わないといけなくなってしまうんですよね。

思えば、悪口や不平不満なんかも実は同じ原理なのかもしれません。他人の嫌なところに目がいって考えてる間は自分自身と向き合わなくてすみます。


自分を冷静に見た時、なにもない自分自身に気がついたのです。
人に優しくありたい、と思いながら、家族に対して自分勝手であったり、人を不安な気持ちにさせていたり、心配かけるような発言をわざとしてみたりして。

人の役に立ちたいと思いながらも、目立たないように楽をしようとしたり……。

そんな嫌な部分がゴロゴロでてきました。


こんなに向上すべき点が自分には山のようにあったんだと、目眩すらしました。けれど、もう自分を責めないことにしました。
 

これまで、自分を責めてきて気が付いたことは、自分責めをやっていると心がどんどん辛くなって、知らない間に体はカチカチに硬くなって、難しい顔や鋭い目付きになってしまうこと。

そのまま会社やママさんの集まりなんかいってしまうと、あの人は何か私に不満があるのではないか、と人に思わせてしまったり、それから他者との不和を自分から呼び込んでしまったり、自分をうまーーく罰してくれるような人を自分から呼び寄せてしまっていたことに気がついたんです。

あらゆる問題も悩みも、実は自分自身が呼び寄せたもの。なんですね。

ってことは、幸せや幸福、満ちたりた人間関係、豊かさなど、すべてはいまこの瞬間から、自分自身で呼び寄せることができる。


少なくとも私は、足汗や体臭に悩んで◯にたくなる人生からは、一歩外に出ることができました。


自分自身をコロスのも自分。
活かすのも自分。


どの道を選んでも、実はちゃんと守られている結果だったんだと気が付きます。