人は己の人生の中に、‘生きる意味’を見出だそうとする。
愛し合う恋人同士は「僕は君を愛する為に生まれてきたのだ」と言い、順風満帆に仕事をこなす人は「私は自分の仕事を成し遂げる為に生を受けたのだ」と言う。
…まるで、‘破局’や‘定年’などというものが、自分の生きている内には起こり得ない「世界の終末」みたいに考えている。
…いやいや、イイのですよ。
人は皆、まやかしを信じる権利があるのですから。
かく言う僕自身、調子のいい時には「落語こそ我が人生の最大の意味だ!」と思える。
…でも正直のところ、‘人生の意味’なんてよく分からない。
ひょっとしたら‘意味’なんて、始めから無いのかも知れない。
なぁんだ、大笑いじゃないか!
でも、人間は生きるのです。
まやかしを信じて、またあるのかどうか分からない「人生の意味」を見出ださんと七転八倒しながら…なぜか人間は、必死に生きるのです。
そして、その姿こそが美しいのです。