【狂猫抄】四 | 桂米紫のブログ

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米朝一門の落語家、四代目桂米紫(かつらべいし)の、独り言であります。

真夜中過ぎの人気のない電車に揺られながら、私はウトウトと眠りに落ちていた。

ふと人の気配を感じて目を覚ますと、私の左隣のシートに、白いワンピースを着た一人の少女が座っていた。

車両の中はガラガラだというのに、少女は私の真横に座り、うなだれるように頭を垂れていた。
そして、消え入るような声でこう言った。

「すみませんが、私の骨を返して下さいませんか」

長い髪のせいで少女の表情を窺う事は出来なかったが、少女の声は泣いているとも、また怒りを湛えているとも思える調子だった。

「あの…僕はあなたの骨を取った覚えはありませ…」

「すみませんが、私の骨を返して下さいませんか」

少女は少しも姿勢を変えないまま、同じ台詞で私の言葉を遮った。

事実私に少女の骨を奪ったような記憶はなかったが、少女の責めるような訴えに、だんだんと意味の分からぬ罪悪感みたいなものが芽生え出してきた。

「すみませんがわたしのほねを」

先程よりゆっくり、そしてはっきりそう口にしたかと思うと、それまでうなだれたままだった少女が、ふいに顔を上げた。

「かえしてくださいませんか」

その顔に、私は確かに見覚えがあった。

それは、もう二十年程も前に別れた、私の最初の恋人だった。

そこでちょうど、電車が駅に停車した。
駅名も確かめずに、私は駆け出すように電車を飛び降りた。

車両の方を振り返ると、閉まったドアに張り付くようにしてこちらを向いた少女の唇が、「すみませんがわたしのほねを…」と、尚も繰り返しているのが見えた。

真っ暗なホームにやはり人気は無かったが、それでも私は“過去の幻影”から逃れられた事に、ホッと息をついた。


私は、次の電車を待つ事にした。


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